紙のお金で、園児が作った「商品」を買うアレですね。
「パパ、おすし食べて-」
紙で作ったお寿司を頂きました。
んー 腹いっぱい。日本酒飲みたくなっちゃった。
あ、ハンバーガーもある。ビールのつまみにしよっか。
なんて遊んだり、
「おもちゃの箱だよ 開けてみて」
と渡された箱を開けたらびっくり箱だったり。
兄用の忍者服(?)も買っていて、自分は韓流民族衣装もどきを着て
遊んでたり。(チマ=チョ・ゴリ ですか)
自分もそういう時代があったんだよな って、そんな時に思い出します。
とっても親に世話になったんだな、とも。
なんか、頑張らなきゃ って思いました。
それこそ「汗水垂らして」働くような、そんな頑張り方しないとな って。
まだまだ自分には余裕があるんだな と。
posted @ 21:36 feedback (0)
奥様の体調が優れず、朝からフラフラしていました。
「とりあえずやる事はやらなくちゃ」
って言いつつ、フラフラしながら仕事して、終わったら布団で寝込んでて。
お昼ご飯を作れる状態でなかったので、自分で買いに行ったり、
仕事の合間、コーヒー欲しくなったら自分で作りに行ったり。
いっつも準備してくれてるんだよな と。
そういう時、いつも当たり前だった様な事がありがたく思えます。
突き詰めて一番当たり前な事って「生きてる」って事で、
生きてるだけで素晴らしい って 話的には行き過ぎですが、
毎日、奥様にしてもらってる事や奥様の存在をとてもありがたく思いました。
たぶん、気付いていないだけで、そんな風に「当たり前」だと思い込んでいる事、
日常的にとってもたくさんあるんだろうな、とも。
人付き合いでも仕事でも、そんな「当たり前の事」に気付く事ができて、
「ありがとう」の気持ちを体現できる人にとって、この世の中はとても平和で
暖かい世界なのかも知れません。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ @宮澤賢治風味
posted @ 21:22 feedback (2)

桃の花~♪
昨年は娘を意識して、子供っぽく活けましたが、今年は少し大人っぽく のつもりが、すっかり大人 みたいな。
桃の花が主役になるように、くすんだ色のバラと淡い色の花を合わせた事と、曲線を生かす事、写真ではわかりませんが、ふわふわしたパンジーを後ろに入れて奥行き感を作って、黒っぽいスカビオサでアクセント。
和モダン みたいな感じでしょうかね。

ちょっと上から見下ろした版。
そして昨年版。
恥ずかし・・・
posted @ 22:12 feedback (8)
汚れ無き子供の眼。澄んでいますね。綺麗ですね。
大人になるほど眼が淀んできます。
「自分の瞳は淀んでいないか?」
時々、鏡を見る時に気にします。
「パパ、頑張る!」
ブザマを隠して子供にそう宣う事、やっぱりあります。
そんな事を重ねる度に瞳は淀んでいくのでしょう。
更に、それを上手に隠せる大人になる程、淀みは加速度的に増していくのでしょう。
そんな時は「自分、とってもダメ人間 弱い人間」って事を認めて受け入れる時。
反省・自戒し、何らかの行動を起こして自分を許せた時、少しだけ瞳の淀みが取れる気がします。
瞳の澄み具合では、大人は子供にかないません。
そんな澄んだ瞳から見える世界はきっと美しいものばかりでしょう。
いつか子供のために保育園を って思っていましたが、それは「子供への想い」ではなく「大人的な打算」だったかもな、と。
ふと 何か他にも出来る事がありそうな気がしました。
posted @ 20:51 feedback (0)

先日、友人奥様が
「あのアレ 何の花だっけ? オレンジ色で 実みたいで・・・」
しばらくしてから「サンダーソニア!」と思い出した という事がありまして。
店先でそのカノジョを見かけたのでさっくり買って活けてみました。
ちなみに写真の赤いバラ、もう2ヶ月経ちますが元気です。
同期のアマリリスがとうとうお亡くなりになったのですが、まだまだ頑張るようです。葉っぱも元気でした。
posted @ 17:06 feedback (0)

少し前に活けたチューリップ。
バラも開ききっていて、散り際の姿です。
元気で凜としている姿はもちろんキレイですが、散り際の「なまめかしさ」も素敵だと思います。
パリッとした姿は、見方によっては無機的にも映ります。
美しく咲いていられる時間が過ぎていても、最後まで役目を全うしようと命を振り絞って微笑んでいる様な。
貫禄を湛えた成熟した美しさは有機的であり、生き物の儚さと力・生命力も感じます。
命を振り絞った後は、潔く散ります。散り際は潔く・美しく。
言葉で示すのではなく、体現してくれます。
同じ生き物として、死に様はそうであるべきなのでしょう。
死に様は生き様。
いろいろ教えてくれる「せんせえ」みたいですね。
posted @ 12:23 feedback (0)
可愛らしい容姿、歌に歌われる程の愛らしさ。
そんな一般の人から見た姿とは裏腹に、目を離したスキに表情・仕草・ポーズを変える彼女。
いつも自分勝手に振る舞うワガママな奴。
超のつく暴れん坊。
そう。彼女の名は「チューリップ」
いやほんと。マイッタ入る位に暴れます。
でも、本当に「生きている」って事ですね。
他のお花より強いエネルギーを持っているのでしょう。
みんな元気にな~れ! って「微笑む」んでなくって、「大笑い」してるんでしょうか?
実は結構下品??
それでも何より、「とっても元気」な彼女はイイヤツですね。

その1:広角で遠近感を強調するアレ
(イマドキポートレート的な撮り方ですね)

その2:背景ちょろっとぼかし
(撮影スペース狭すぎて広角撮りになったためあまりボケず・・・)

その3:「お花っぽい色気=たおやか」ってステキ
※1と2で、左上に びゅん って飛び出てるとこ、ちょっと変ですね・・・
posted @ 12:22 feedback (2)
カメラとレンズは、
Canon EOS 30D + EF-S 17-55mm F2.8 IS USM
です。
室内蛍光灯に加え、窓から太陽光が差し込む という光線条件が良い状態での検証です。
尚、この検証は、渡しのカメラ買い換え及び買い増しの為のデータとして利用いたしますって関係ないですねハイ。
posted @ 12:22 feedback (0)

頂き物のとってもカッコイイチョコケーキです。
あんまりカッコイイのでバックに花なんか置いて写真撮ってみました。
しかもバックの花は、渡しと息子、それぞれのヴァレンタインアレンジです。
なんて素敵なヴァレンタインディ♪
posted @ 12:22 feedback (4)

高級チョコレートと言ったらGODIVA。初めて食べました。
見た目・味とも「純粋な」とか「磨かれた」っていう感じで、もっと平たく言えば「高いチョコレートの味」そのものでした。
確かにおいしい、けど、印象薄め ってのは、たぶん順番を間違えたからです。
(※順番を間違えた:先にジャン=ポールエヴァン謹製のチョコレートを頂いたため)

一粒300円程度というだけあって、パッケージも立派。
子供に与えるものではない という事だけは確かです。
posted @ 12:22 feedback (0)

ジャン=ポール・エヴァンという方が作られたという、ちっさいチョコレートです。
写真では大きく見えますが、実際は2cm四方程度でしょうか。チロルチョコより2回りくらい小さめ。
ちっさい箱に4粒だけ入ってて、2000円くらいの品との事。
写真の一粒で500円くらいですか。高! 一粒でチロルチョコが一箱買えます。
でも、食べたら値段の理由がすぐにわかりました。
口溶け・甘さ・食感・後味が曲を奏でているかの様なバランス。
ジャンさんのチョコレートに対する愛情が表現されている「作品」でした。
何と言おうがチョコレートはチョコレート。主菜になどなりません。
それをもわきまえているかの様な奥ゆかしさ、謙虚さも感じました。
「おいしいチョコレートを食べてほしい」
それだけの為に精一杯。
あー チョコレートで感動しちゃった。
posted @ 12:22 feedback (2)
奥様がファンクラブなので余裕でチケット取れました。
その前に、ライブDVDが発売されました。「なんば」ってタイトル。
あんまり大きくない会場での純粋なライブ映像。
部屋を真っ暗にして、52Vのテレビで大音量で眺めたら、息子がすぐに
「おぉぉ!本物みたい!!」
本当です。ライブ会場にいる気分になります。
奥様は大満足した様子で、見終わったら健やかに寝てしまいました。
あー でっかいテレビ買って良かった~♪
今日はBSでまおまお放映されるし~♪
渡し、ひょっとして堕落してますか??
posted @ 11:51 feedback (1)
「横文字はカッコイイ」的なアメリカン至上主義のせいでしょうか?
「尊敬」ではなく「リスペクト」って言葉、よく聞きます。
「尊敬」の方がカッコイイと思うのですが、「リスペクト」言う人はそっちの方がカッコイイって思うからそう言うのでしょうか?
「あなたのこと、リスペクトしています」
「あなたのこと、尊敬しています」
絶対後者の方が畏敬の念が伝わると思うのですが。
特に、「日本のもの」に対して「リスペクト」と聞くのは強い違和感を憶えます。
「和食と日本酒にリスペクトしている」
んー 畏敬の念を「上から」言ってるような・・・
渡しだけでしょうか??
posted @ 11:47 feedback (1)
自分が苦しみ悩んでいた時に、助けてくれた人。
当然、感謝。
彼が苦しんだ時は絶対に助けるんだ って思って。
「その時」が来たからできる限りのお返しをして。
お互い「ありがとう」って思える、気持ちの良い関係。
それを妬んで関係を引き裂く卑屈な人間の存在。
ばらまかれた嘘の噂で彼らとの人間関係はボロボロ。
「ごめんなさい」って言ってくれる事を信じて長い時間待ってみた。
でも、信じ続けた想いの先にあったものは「嘘と偽り」。
「誰も知らない」と思っているのは彼らだけ。
「さようなら」を告げられた意味を知らないまま、彼らは彼らだけで生きていく。
これから、彼らが歩く先には何があるのか。
知りたくない。
posted @ 17:04 feedback (0)
「嘘による誹謗」を受けても弁解をしない。
友に誤解され軽蔑されて距離を置かれたとしても。
時間が経てば嘘は嘘として表に出るか、
「あれは誤解だった」と気付いてくれるはず、と。
ちょっとした事なのですが、そんな事がありました。
言葉ではなく「ごめん。誤解してた」って想いを感じたこと。
長い時間を要しましたが。
「もうそれは過去の事。過ぎたこと。お前は悪くない。
もう気にする事もない。
次にすべき事があるから、振り返らずに進め。」
そんな事を諭された気分でした。
よかった。
posted @ 00:11 feedback (0)
「料理の味そのもの」がうまい場合まずい場合がありますが、うまい料理でも、
嫌いなものが入っていたりすると、その人にとっては「まずい料理」になります。
奥様の料理がおいしい理由はここにあると思いました。
「料理の味そのもの」の善し悪しを判断するのは「食べる人」です。
愛する人が自分のために作ってくれたものは、「ありがとう」っていう気持ちを
持ちながら頂くことになります。
愛情がスパイス♪ なんて事、料理番組で言ってたりしますが、そのスパイスは
「料理の味そのもの」ではなく、「食べる人」に直接降りかかっているものです。
つまり、うまいまずいが決まるのは
①料理そのものの味
②食べる人の感覚
という要素がある訳で、②が「おいしいものを頂く」モードに変わる事で、
よりおいしく頂けるのだと思いました。
これ、料理の話だけでなくって、何かを作るときや何かをするときも同じ事が
言えるのかもしれません。
同じような素晴らしいものでも「腕前を自慢したい」ために作ったのか、
「喜んでもらいたい」ために作ったのかで、見る側にとって映る姿は
大きく違ってしまうのでしょう。
何を作るにしても何をするにしても、大切なのは作り手の人間性。
「表現」とは、表現しようと思ってそうするのではなく、その人の人間性・品性が
作品なり行動・言動なりに「表現されてしまう」だけだと思いました。
そう。
嘘つきヤローの行く末なんて知りたくない!プンプン
なんて事書いてる奴は、「絶交だ!」なんて宣う「厨房のハート」が表現されていたりする訳です。トホホ
posted @ 08:42 feedback (0)
バンド活動は言い過ぎですが、先日、ひっさびさに「(通称)バンド部屋」を使いました。
でっかい音でギターを鳴らしたりドラムを叩いたり。
HMで表現すべき感情は「怒り」だと思います。
眉間に皺を寄せて、汚い言葉を叫んで、恨み辛みを吐き出す様な。
普段からソレだととっても迷惑でイヤな人ですが、表現の場におけるソレは楽しいものです。
「お花」とは対極を成す世界です。久々な感覚でした。
対極を知るのは良い事だという事で、時々でっかい音を出す様にしよう!と言う事でヨロシク。
posted @ 22:07 feedback (0)
①早めのタイミングの第1キック
②上体が高い事
③遠くへ飛び出す様なエントリ
が重なった時、「高いところから飛び込んだ」様な状態になり、プッシュオフ後に
更に加速する感じで、体感的にも「速い」泳ぎになるようです。
時々しか出来ないのですが、最初から最後までその状態であれば、恐らく25m15秒は余裕で切ってるでしょう。
キックで遠くへ飛び出して上から下へ落ちる様にエントリしつつキックで進む 様な。
posted @ 12:44 feedback (0)
ビュフェという現代画家の言葉ですが、
「素直な愛情をもって、絵と対話してほしい。絵画は
ただ感じとるものである。一つの絵画を判断するには
と。
最近、この言葉の意味を噛みしめた事があったので、「そうだなー」って響きまして。
何かと対峙するとき、いろんな経験や知識があればある程、それ自体が邪魔をして
本質的な部分が感じ取れません。
素直な愛情は誰にでもあって、その部分においては善いものは善い、悪いものは悪い、
と誰しも同じように感じられるものですが、多くの大人は身につけた知識や言葉、
経験をもって「判断」し、それによって善し悪しを「決めて」しまいます。
この絵はここの部分の書き方がカッコイイからイイのだ、とかここのデッサンが
へたくそだからダメだ、とか。
カッコワルイ言い方をすれば、「気に合う、気に合わないを【考えて】決めている」、と。
(ほんとカッコワルイですね)
哲学的な言葉で言えば「ものごとの本質を見極めるためには」なんて言い方に
なるのでしょうが、「素直な愛情をもって」っていう優しい言葉で同じ事を言い表す
あたりが、さすが芸術家だな っても思います。
現代人は情緒や感受性が「失われている」と言われたりしますが、たぶん正しくは、
多くの大人は知識を身につけすぎていて、情緒や感受性が「覆われて」しまっている、
という事でしょう。「こどものこころ」は誰にでもあるものだ、と。
「素直な愛情をもって」対峙する事で「感じる」っていう言葉は、そういう事を
「表現」しているのだと思いました。ビュフェってすごいですね。
しかもこのビュフェさんの美術館、「クレマチスの丘」っていう施設の中に
あるそうです。クレマチスと言ったら、渡しが初めて活けた花。
花と「はじめまして」と向き合った時、自分らしい花はどれかな?って
思って選んだ花です。
あ、なんかつながってるね~ みたいな。
こじつけですか?
posted @ 09:44 feedback (0)
渡しが利用している写真共有サイトの、「人気のある写真」を眺めると、一番多い写真はズバリ「花マクロ」。
花をクローズアップして大写しにするアレです。
マクロレンズで画面いっぱいに撮ると、それなりの写真が撮れます。
ほとんどの写真は、美しくぼけた背景に、美しい花。
EOSのサイトを作ろうと思案中ですが、コレ、イケるかな? と。
被写体として「花」に人気があるのであれば、「EOSで花を撮る」事に特化したサイト って面白いんでないかな? と。
自分自身のノウハウ蓄積にもなるし、お花が好きな人、EOSを持ってる人にも有益かな、と。
なんだろう。
アイデアメモみたいな ひとりごとみたいな。
おまけの花写真つけてみたりして。
posted @ 17:38 feedback (0)
この時、
①IPアドレスを拾う
②WhoisでIPを検索して範囲を拾う
③拾ったIP範囲が外国(KR/CN等)であれば無条件にルータのrejectフィルタ条件に追加する
という事をしていましたが、②の作業を行う事で、自動的にSPAMアドレスのデータベースにIP範囲が蓄積されて、リストとして取り出せる仕組みを作ってみました。
何の事だか解る人はぜひどうぞ!
http://www.chsing.net/whois
posted @ 16:29 feedback (0)
さすがにそろそろダメそうなので、生け直して窓際へ。
残る余生を安らかに~! ってまだ元気っぽいですね。
後から足したストック(紫)の方がギブアップしそうですね。

冬はほんとにお花が長生きです。
posted @ 18:35 feedback (0)
不倫の正当性を弁解している時点で、非を認めている。
正しき事をする時、弁解などいらない。
異性を愛すること、情欲を抱くことは自然で健康的な事であり、悪いことではない。
が、人に言えない不貞関係を築くのは悪いことである。
今、反論・否定的な言葉や思いが浮かんだとしたら、それが「弁解」であり、「非を認めた」という事。
正義とは何か、本当は誰でも知っている、という事。
posted @ 11:03 feedback (1)
息子の作文です。
何となく面白かったので載せてみました。
ツッコミ所満載でイイ感じですね。
「たから物をさがしに」
千代谷 仁
フライとゼリーが外であそんでいました
フライが草むらでビンをひろいました
そのビンを開けると宝島の地図が入っていました。
フライとゼリーはその宝島に行く事になりました
宝島にはサイやチーターなどのきけんな動物がいて宝物の近くにはりんごの木がなっていて宝島のすぐ近くにかぎがありました
フライが「あのかぎは、どこで使えんだろう。」フライが言いました
ゼリーがもう一つの紙を拾ってきて、フライにさしだしました
フライが「ここで使うのか、よし、宝島に行こう。」と言いました。
フライとゼリーは宝島に行きました
フライが宝島の近くにあるかぎをひろいました。
その次に宝物の近くに行ってりんごの木をぬきました。
そしてその木のみをぬいてから、ふりまわして周りの動物をぜんぶたおしてから、宝ばこを開けました。
中にはたくさんのお金と、食べ物とけん2ことたて2こが入っていました
たてにけんとたての使いかたの紙がはってありました。
フライが「次の所に行くぞ」と言いました。
そして次の所へ行きました。
そこはしろがあってその前の所には道があります。
フライとゼリーはそのしろの中に入りました。
しろにはドラゴンが3びきいました。
まず一ぴき目をたおしました。
お金が出てきました。
2ひきめはかたかったのでふりまわしてなげとばしました。
3びき目のドラゴンにあたったので3びき目がおこっておいかけてきました
ゼリーとフライは、まずたてでドラゴンをおさえて、ふりまわしてなげとばしました
それが2ひき目のドラゴンにあたりました。
しろがこわれてきたので、二人はにげてはしってしろを出ていって家にかえりました。
そのお金のおかげでフライとゼリーは幸せにくらしました。
何が良いもので何が悪いものなのか、
人生の目的は何なのか、
そんな事が読み取れますね。(読み取れませんか?)
posted @ 18:16 feedback (0)
もう5年以上前になるでしょうか。
勤めていた会社を辞め、独立 という形で仕事を始めた頃の3番目のお客さんの話です。
今は無くなったIT企業。
当時のメンバーは6人。社長、年長者2人、若い人が3人。
全員、「コンピュータが好き」だから「コンピュータの仕事をする」のだ、と。
社長も交えてちょくちょく飲みに行ったり、円陣を組んで「1000万円プレイヤーを目指すぞー!」なノリだったり、パソコン作ったりプログラム作ったり、新しいソフトが出たらリスクを恐れずにインストールしちゃう みたいな。
そんな仲間でした。
一人が辞め、一人が異動となり、会社が無くなった後は同じグループ会社のシステム部門になって。
システム部門になってから、また一人辞め。
現在、「残っている」当時のメンバーは2人だけ。
残っている とは言え、当初の仕事・当初の目標・当初の夢とは違う方向に向かっている事は明らかでした。
が、
最初に辞めた人は、兄のIT関係の仕事を手伝っていて。
次に辞めた人は、IT関係の工場で働いていて。
先日、異動になった人と久々に飲んだ時の会話
「今の仕事(ITでない)を辞めようかな」
「ん?何かやりたいの?」
「コンピュータの事、もう1回、イチからやりたい」
と。
あと、昨日の当時の社長の話
「WindowsXP SP3」のRC版が出ているので、業務用マシンに適用するのは危ないから、VirtualPCにでも適用してみようか、と「現在のメンバー」と打ち合わせている最中、
「(当時の社長)が、自分で使っているPCにSP3当てたそうですよ。こういう不具合が起きたそうです」
と。
ヤルなー。
業務用マシンに正式リリース前のパッチを当てるってか??
グループ会社の副社長の立場になってもそんな事してるってか??
って 嬉しくなりました。
負けてられないな、と。
そんな「イキオイ」あったな、と。
職務も変わってほとんど会ってないけど、昔のまんまなんだな、と。
会社が無くなってから、「本当に好きでやっていたのか?」って思ったりしていましたが、今も「好きな事を仕事として続けている」って事実。
嘘でなかったんだな、と。
当時、小さな集団が思い描いた「夢」。
彼らとともに「信じた事」「目指したもの」。
いる場所・やってる事・立場が別々でも、同じ場所を見ているんだな、と。
良い仲間、良い人達と出会えていたんだな、と。
真実なる思い・純粋なる思い・夢は絶対に破れる事はない
それらによって紡がれたつながりは無くなる事がない
そう確信した気分になりました。
ありがとう!!!
負けずに業務用マシンにSP3入れまくってみます(嘘)
posted @ 10:00 feedback (0)
together with EOS
- 自分とEOS -
自分とカメラではない
各社のカメラやレンズを知り、比較できる様になり、
シーンに応じた最適な選択が出来る様になったとしたら
いろいろな事を憶え、いろいろな事が出来、
より多くの引き出しを持つ事は素晴らしい
でも、
何かを行う
即ち「表現する」という行為
それは常に「制限」の中で成される
「写真」による表現
「絵」による表現
「音楽」による表現
表現を成す時、制限が付きまとうのであれば、
制限を取り払おう、制限を超えようとするのではなく、
制限を受け入れる という方が正しいのではないだろうか
だから、自分とカメラではなく、自分とEOS
「カメラ」ではなく「EOS」という、より限られた世界で
より限られた世界だから
より速く目指すべき場所に辿り着く事が出来るかもしれない
より限られた世界であるからこそ
まだ気付いていない足下や目の前に奥深い世界があるかもしれない
だから
自分とカメラ ではなく 自分とEOS
together with EOS - 「EOSといっしょ」
そんな限られたカンケイの中で
何が生まれるのか
何を生んできたのか
何を求めていたのか
知りたい
なーんて、新しい個人サイトの前フリの文句考えてたらイイ時間が経ってしまい、持ち越しになりました。
それって、進まないパターンの様な・・・
と思い、見える場所に置いてみた次第ですが、果たして・・・!?
posted @ 22:13 feedback (0)
食べ物を口に含んで、ヤバそうな味がしたら吐き出すものでないでしょうか。
中国がどうだとか厚生労働省がどうだ 以前に、
「へんなあじのものはたべちゃいけませんよ」
って事を優しく教えてあげないとダメなのでは?? って思わされました。
そのうち、桝添さんあたりが「食に関する危機管理ガイドライン」なんて偉そうな前フリで、「へんなあじのものはたべちゃいけませんよ」なんて言い出す に1000円。
posted @ 13:32 feedback (4)









