「ダイスキ!」って言葉を覚えて、いつも使ってます。
誰に対してでも「大好き!」って言えるって何かイイな って思いまして。
ありがとう とか 大好き とか、キレイな言葉をいつでも使えて、声を大にして言える ってのはすごくいい事だな って子供から学んだ気分でした。
自分が関わっている人。
友達だったりお客さんだったり、知り合いだったり。
いつでも誰でも大好きで、ありがとう って言える様でありたいな と思いました。
posted @ 22:56 feedback (0)
子供の風邪をもらいました。
今日、頭がボーっとするなー思ったら、悪寒がして、熱を測ったら微熱。
風邪ひいて発熱 って久々です。ちょっとびっくり。
熱ある ってわかったら具合が悪くなり、病院へ行きまして。
「ただの風邪ですね。薬出しておきますので」
で、終了。
インフルエンザとかでないのね って解ったら、具合がよくなりました。
病は気から。明日は泳げればいいですね。
posted @ 22:03 feedback (0)
奥様は娘と息子と子供プールで遊んでて、渡しは先日飲み会だった為、ぐったりと泳いでて。
それと、先日、息子と「25メートル泳げたらブロック買ってやる!」って約束をしていて、達成されてしまったので、ブロックも買いに行き。
自分の子の事を、いろんな面で「大きくなったな」って思ったり。
具合も天気も悪かったけど、「あー 自分、幸せなんだなー」 って思えた日曜日でした。
posted @ 18:24 feedback (0)
左右交替で常にサイドキック。
そう意識する事で、ローリングが大きくなり、深く・長くストロークする事が出来るようです。
が、バックはイマイチ自信ないので以上で。
posted @ 22:15 feedback (0)
クロールの感覚の話です。
エントリ後、徐々に水を下に押す感じ。
一番深いところまで押しきったら、「水を切る」様にゆっくり手をたぐり寄せる。
このタイミングに「進んでいる」感じを得ると、「止まるところが無い泳ぎ」になるようです。
逆の手はエントリを開始する頃。
エントリのタイミングより少しだけ早くキックを打つ。
このキックが、バタフライの第2キックと同じ感覚。
「水の上に自分を乗せる」様なキック。
水の上に自分を乗せてからエントリすると、最初のキックで得た推進(実際は前方への重心移動)を引き継ぐ事ができ、これまた「止まる所が無い泳ぎ」になります。
posted @ 22:14 feedback (0)
息継ぎを横向きでする。
それだけですげー楽になります。
800mメドレーとか余裕でできました。
横向きで息継ぎすると楽なのは、上体が必要以上に立たないから。
それだけだと思ってましたが、実は、以下のようなポイントを発見。
・第1キックと第2キックの役割・目的・打ち方は「完全に」異なる
・第2キックを「水面に飛び出して呼吸・リカバリ」をするつもりで打つと、「飛び出し+呼吸」の時点で平泳ぎの足引き状態と同じ様な状態となる つまり、止まってしまう。
この為、飛び出して呼吸するつもりでキックを打つのではなく、「水面に体を乗せ、前に進み、潜る」つもりで第2キックを打つ。
→ストロークは「飛び出す」方向ではなく、「進む」方向へ行う事となる。
→キックも「進む」方向へ打つ
これだと頭が上がらない。即ち呼吸ができない。が、横呼吸はクロールと同じ要領で可能である。
・この状態で第2キック→リカバリを行うと、手の位置に余裕が生まれるので、「リカバリして抜いた腕を前に投げ出してエントリ」するのではなく、「既にリカバリ状態で抜けている腕を、いるか飛びの要領でエントリし、同時に第1キック」を行う事で、「止まるタイミングが無い」バタフライとなる(様です 自分の場合)
・第1キック後、グライド状態となるが、平泳ぎと同じ要領で外側へスカーリング・キャッチをする事で「次の第2キック・リカバリに備えた体の位置(深さ・方向・角度・頭の向き・アゴの引き)をコントロール」する。
→スカーリング・キャッチして「プル・プッシュに持っていく」意識は持つ必要が無いと思います。プル・プッシュは「簡単」なので。
全ての泳ぎに言える事と思いますが、「今、どういう格好をしているか」を知る事と、「次にどういう格好をするか」を意識する事。
泳ぐ という行為は水中における「自分のいる場所」を自在に操る という行為です。
前に進む という感覚ではなく、行きたい所に自分の体を移動させる感覚が、「スムーズに泳げている」感覚だと思います。
バタフライが難しいと言われるのは、一番「飛んでいる」感覚に近いからだと思います。
地に足の着いていない空中で、自分の体をコントロールするのは容易な訳がないです。
※なんだか結構泳げる人が書いたみたいな文章ですね。
posted @ 22:05 feedback (0)
SF作家は近未来に実際にそうなるであろう世界を、お話として綴ります。
以前であれば、30年後・50年後の未来をリアルに描けたものだろうと思います。
恐らく、当時予想し得なかった現代社会のSF的側面の進化速度。
進化速度を加速させている基盤を「IT」って呼んでいますが、現代の人類は電子媒体を利用する事で、当時は魔法の様に思えていた事を次々と現実のものにしていきます。
例えば、現実離れした未来のデバイスであったテレビ電話。
子供でも所有している「ケータイ」という端末で実現されています。
ビデオチャットも然り。
だから、「突拍子も無い現実離れした発想」ってのが出にくくなってるのかもな って思いまして。
ITの仕事をしてるので、近々起こる事、即ち市場に提供される新しい技術や商品は日常的に把握してます。
「自分がそれに着手する前に、大手が提供してしまっている」 という現実。
それこそが、自分の発想に「限界」の様なものを作っていたのだと思います。
大手が提供していれば、それをハンドリングする為の知識なり技量なりを身に付ければ自分のものとして振舞う事ができる、と。そういう仕事だ、と。それが関の山だ、と。
人に役立てる様な事をする のが仕事の目的だとしたら、その考えは正しいでしょう。
でも、それで割り切れず、何かあきらめの様な感情を抱く自分がいました。
そう それが 発想・自己表現といった領域な訳です。
技量で覆われた発想は使い物になりません。
と言うかそれを「発想」とは言わないでしょう。
技量ゼロの状態で興味がある事 - 主に「新しい事」 - に取り組む時、いろいろな想像や発想、技量を身に付けた自分の姿が浮かんできて、希望に溢れウキウキするものです。
でも、実際に技量を身に付けてから同じ事をしても、同じウキウキ感は得られません。
少しだけ先の時間にいる今より少しだけ進んだ自分、実際に少しだけ進んだ自分に敬意を抱く自分、それを過ぎてしまえば何とも思えなくなります。
だから、いつも 「少しだけ先の時間にいる今より少しだけ進んだ自分」 が想像できる様に。
突拍子も無い様な常識外れの様な夢や発想を持つ事で、高速な現代社会の進化速度に追いつかれない様にしないとな と。
いろんな事を経験する、いろんな場所に行く、いろんな人と会う。
理論でどうにかするのではなく、そうする事が発想なり想像力なり、夢を持つ事の糧になるのかもですね。
posted @ 08:38 feedback (0)
どちらかと言えば無礼な人だと思います。
それが自然体な自分。
だから、言葉遣いや立ち振る舞いは気をつけよう ってずっと思ってそうしてました。
でも、そこに気をつけるあまり、自分に対するいろんな「制限」をかけていた事に気付きまして。
だから、自然体の方いいかもな、と。
無礼だったり行儀が悪かったりすれば怒られるでしょうが、怒られたり嫌われたりしたから、全てがダメになるって訳でないので。
それよりだったら、「制限」を取り払って、ありのままの自分の方がイイよな って。
人を傷つける様な攻撃的な性格。
抑制しないとダメだと思ってましたが、もういいでしょう。
抑制してれば、「自分」が縮こもってしまうだけだから。
攻撃的な自分は行動力とエネルギーに溢れた自分でもあります。
恥かいても、バカだと思われても、誤解されて嫌われてもいいですね。
知ったこっちゃない すべき事としたい事をしてるだけ。
アクションしてればコケたりしくじったり後悔したりってのは必ず付きまとう事。
でも、それはその時だけの一時的なもの。
何も言われない奴・失敗しない奴ってのは何もしない奴の事。
そんな奴・そんな自分が嫌だった って事ですね。
礼儀も行儀も2の次って考えて、まず動く それから考える。
そうしよう。自分!
posted @ 17:40 feedback (0)
posted @ 20:52 feedback (0)
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「ブーケを活けてみましょう♪」 という事でラウンド型のブーケを活けました。 さすがに男子がブーケってのは… 完成しそうなあたりで、先生に写真を撮りまくられて、「いひひ」と笑われてました。 上手に出来たので良しという事で… ![]() |
posted @ 20:41 feedback (0)
同じクラスの子、わずか6人。しかも女の子だけ。
そのうち、学校でも1クラス6人 とかになるのかな、と。
家庭を持って、子を持てる大人が減っている訳ではないでしょう。
家庭を持たず、子を持たずに生きる大人が増えたって事でしょう。
家庭を持つこと、子を持つ事の喜びや幸せ・価値
と、
好きな事をする、夢を叶える事の喜びや幸せ・価値
後者の為に前者を犠牲にしている って事でしょうか。
それとも、
前者に対する価値そのものが薄れている って事なんでしょうか。
それとも、
どちらも「生きる事の指針」になり得ていない って事でしょうか。
それとも、
働くだけで精一杯、家庭を持つ余裕が無い って事でしょうか。
地方を経済発展させて、雇用を生み出したりすると状況は変わるのでしょうか。
地方を経済発展させる って事は、少なくとも地球的な環境を悪化させるという事。
今年の冬の暖冬が示す様な、薄気味悪い自然からの警告に背く事でもあります。
なんだか 人類 悪循環 してる気がします。
「発展」「進化」の方向を間違えてるから。たぶん。
少なくとも自分と身の回りだけは で済まない気がしました。
で、自分 何が出来る?
posted @ 07:40 feedback (0)
60過ぎの人ですが。
大会ではバタでもフリーでも勝てない相手がいるから、負けたくないから毎日泳ぐんだ、と。
「何で毎日泳ぐんですか?」「何でそんなに頑張るんですか?」
答えは一つ、「負けたくないから」。
自分もまた、負けたくないからバタフライの練習をしてる訳です。
ブッチギリで勝ちたい訳です。
市で一番になって、県で一番になって、日本で、世界で一番になりたい訳です。
できるできないでなくって。そんな事考える奴は最初から負けてる奴。
18の自分が思った「生きるという事は勝つという事」
それは、そういう事ですね。たぶん。
posted @ 23:43 feedback (0)
自らは保険代理店を営んでおり、水泳の他にも、登山や庭木、家庭菜園が好きな方です。
うちの庭の話になって、庭木の枝を切った方がいいな とか、蜘蛛が多いのであれば、
卵みたいなのが付いてるはずだから、取った方がいいとか、そんな事を話してました。
で、久々に、本当に久々に自分の庭に出まして。
木もそうだけど、芝生も作りなおさないとな とか、ウッドデッキもペンキ塗らないとな とか。
「今度、庭木の手入れに来ましょうか」
「あ じゃあ切り方とか教えて下さい」
そんな会話したりして。
なんか 久しぶりの感覚でした。
熱い生き様もカッコイイですが、時々、心が落ち着くような時間を持つ事はとても大切だな と。
このところ、ものすごく頑張ってる人に会ったり、接したりする機会が多かったので、
「自分も頑張る!」って気持ちが強くなり過ぎてたな って思いました。
熱いからイイ ユルいからダメ とかでないですね。
仕事も趣味も家庭も全て人生の一部で、誰もが違った人生を歩む訳だから。
わざと自分より上の存在と自分を比べる事で、自身の不安を煽って高みへ押し上げる って行為。
よくそうしますが、人の背中だけ見てれば自分を見失いますね。
たまには自分のイイとこ認めてやらないとな。
posted @ 07:55 feedback (0)
業務を改善する ってのは、「やり方を作る」って事。
ツールとして「管理表」と「業務手続き書」を作る って事。
業務手続き は、論理の組み合わせです。
業務手続きを作る行為は、プログラミングと酷似した作業です。
で、自分が得意とするのが「管理表」を作る事。
最初はEXCELなんかで簡単に作って使います。
使ってるうちに、不便が出てくるので、改善したりします。
更に使ってると、システム化した方がいいな と気付きます。
この段階では、システムの設計が済んだ状態です。すぐプログラム作れる状態。
で、パタパタとプログラムを作って、それを使って管理する。
で、その管理を誰かにお願いする。
管理を任された人は、「その仕事」を任せられた状態になる。
次にまた、他の改善点について同じ事をする。
こんな感じですね。
そうやって積み上げた「システムの作り方」が今の自分のベースな訳です。
忘れてたなー と。
最近、いろんな事をEXCEL表(管理表)で管理してる事に気づいた訳ですね。
そう、google spreadsheets に出会ったから。新しい「おもちゃ」を発見したからですね。
新技術を追う、テクノロジーの発展についていく って聞こえイイですが、本質は新しいおもちゃに興味を持って、遊んでみる って事。
もうちょっと肩のチカラ抜いて、少し不真面目な方いいかもね って思いました。
おもちゃで楽しんだから、気づいた訳なので。 ちょっとだけそうしてみよう!
posted @ 22:44 feedback (0)
自分で事業を興している人がいまして。
以前から、「何でそれ(事業)をやってるんだろうな?」って思ってたのですが、敢えて聞く事はせず。
でも、今日その人と少しゆっくり話ができたので、その理由を聞く機会がありまして。
小さい頃(?)から今の事業に近い事が好きだった、と。ずっとそういう事をしていた、と。
自分もそうだし同じだねー♪ みたいな。
人って やる事、歳とっても変わんないもんだよね みたいな話をして。
なるほどねー って思いました。敬意を抱きました。
がんばれよー 自分もなー みたいな。
でもアレですね。
「やる事」「やってる事」の内容。率直に言って、対価を得られるかどうか。
それによって、「傍目」の人生は大きく変わるもんだな って。
事業を興している当事者にしてみれば、対価を得られようが得られまいが「それ」は変わらないものだと思います。
対価を得る事が目的でないから。「やる事」そのものが目的だから。
でも、「やる事」をやる為には対価を得ないと存続できないのが「資本主義」というシステムな訳で。
だから、必死こいてお金を得た時、うれしい反面、「このためにやってたのか?」って悩むものでもあり。
たぶん、それが自分で中小規模の事業を興している人の考え方だと思います。
それでも自分で事業を興していない人からは、「好きな事やれててイイな」 なんて思われたりする事ありますが、そう思うアナタもまた自分で選んだ好きな事やってる訳なんだよね、と。
対価を得られてるかどうか は本当の意味では勝負の分かれ目でない訳で。
懐かし目の言葉ですが「人生満足度」みたいなものが、たぶん「勝負」の分かれ目ですね。
志
素晴らしい事だし、素晴らしい言葉です。
でも、所謂「錦を飾る」様な事だけが、ソレではないよな って思った日でもありました。
つまり、バタフライが上手に出来た事や、今日のハンバーグがとてもおいしかった事、仕事で褒められた事、どれも一様に「うれしい事」で「幸せな事」だよね、と。
世界に影響したり、大きな事したり、それってカッコイイと思いますが、でも「結果」なだけであって。
目標を持つ
って事。それは小さくても大きくても同じ って事。
志 ってそういうものだな って思いました。
たまに長文で失敬!
posted @ 01:14 feedback (2)
メドレーで最高タイムが出たとは言え、実は伸び悩んでました。
後はパワーつけるしかないのかな みたいな状態で。
でも、ちょっとしたキッカケ - 息継ぎの方法を変えた事で、バタフライが「そこ」から抜け出した様です。
意図する泳ぎ、即ち意図する自分と、現実の自分の「差」が埋まる感覚。
うれしいですね!
いろいろな事が前向きに思えてきます。
がんばるーぜ!!
posted @ 20:30 feedback (0)
うちの子の話です。
水泳教室に通いたい!との事で、半年前から水泳教室に通わせてました。
スポーツクラブのソレは値段が高いので、公共のヤツですが。
先日、半年の教室を終えて終了証もらいまして、打ち上げ って言えば大げさですが、よく頑張ったね!って事で、好きなものを食べに行こう!と、子供と友人らを引き連れて、飲んでカラオケでした。
で、今日。
某デパートに買い物に行ったのですが、ちょっと変わったブロックが売ってて、息子が楽しそうに遊んでまして。
ブロックだったら買ってあげてもイイかな、と思い、値段を見たら高!!!(1万円近く・・・)
「よし 25m泳げたら、買ってやる!」 と。
「おお!じゃあ泳げたら買ってね!仁がんばる!」
という事で、今日、泳ぎに行ってきました。
まあ 25mなんてムリだろう、と。しばらく時間かかるだろう、と。
水泳教室の泳力テストでも、5mを泳げる程度だったので。
で、泳がせて
そしたら
なんと 25m完泳!!!
泳ぎはメチャクチャでした。
泳げる なんて部類に入ってないかも知れません。
それでも、足の届かない大人用の25mコースを完泳したのです。
「やったー!泳げた!ママにも知らせないと!」 と。
感動でした。
目標を決めて達成する って事。
極めて単純ですが、それってとってもとっても大事な事で。
「次は50m泳げよ!絶対な!」
「うん50m泳ぐ!」
「そしたら次は100mだ!」
「うん!」
なんかイイですね!スポーツってイイですね!
「あなたの目標何ですか? 目標ありますか?」
そう聞かれた時、すぐに答えられるか、と。
すぐ答えられない人の方が多いですね。きっと。
自分もそうです。
子供にいろいろと教えられました。
自分の目標。 みちしるべ。
誇れるシステムを作るって事。
マスターズで一つは1番になるって事。
そんな事が高らかに叫べるように。小さい事でもいいから。
パパだから負けてられないもんね。頑張る!
posted @ 00:35 feedback (0)



