日曜日、娘と一緒にプリ○ュア見てます。

今日は最終回。最後の敵は人間が作り出した機械でした。

機械が自分の意志を持ち、人間を支配する っていうよくある図式。


奥様と話してたのですが、

「なぜか機械ってこういう風に敵扱いになるよねー」 と。


でも解る気がします。

私は長らくコンピュータいじくったりしてますので、それがどういうものであるかとか何ができて何ができないかとかそこそこ理解してて、必要に応じて扱ったり扱わなかったりしてますが、多くの人はそうではありません。

「何でもできそう」「得体が知れない」

そして、

『自分より賢い』

って思い込んでる人が多いのかな と。


人は「理解できないもの」「自分と違うもの」は直感的に「嫌う」ものです。

多くの人に理解されていないコンピュータは便利だ何だと持てはやされる反面、「わからないから嫌い」「自分より賢いから嫌い」などと思われるのでしょうか。


電気と人間の指示がなければ何もできないただの箱 なんですけどネ。


posted @ 17:56 feedback (0)
自らが行った事には、何らかの形で自らが出てしまう。

だから、腕が一流で、心が二流なんて事はあり得ない。

心が二流ならば腕も二流である。


もし、二流の心を一流の腕でカバーし、それが一流に見えるのだとしたら、それは「ごまかし」に他ならない。

それは、「一流の腕を磨く」行いとは異なり、「二流のものを一流に見えるように技量を磨く」行いであろう。


腕も心も一流の人間などそれほどいるものではない。

時に、自らを二流と認め、一流を目指して腕を磨き、心を鍛えればいい。

posted @ 12:22 feedback (0)

何でもかんでも自分のせいにするのは良くない

とは思わない。


何かが起きたとき、人のせいにする事で自分で解決できなくなる。

自らができる事とすべき事が無くなり、和も乱れる。


でも、自分のせいにしておけば、何らかの手を打つことができる。

状況がどうであれ、少なくとも前に進むことはできる。

だから、何でもかんでも自分のせいにしておいた方が得だと思う。


それは、自責・自虐とは似ていて異なる事。



世の中には、困難な事や理不尽な事がたくさんある。

それらは「仕事」や「責任」の様な形でたくさん存在しているが、
多くの人は向き合おうとはせず、目を背ける。

そんな困難や理不尽に真正面から向き合い、受け入れている人は、
相応のものを得ているが、多くの人は敬意を抱かずに僻んでしまう。


仕事が無いと言われている昨今。

でも、仕事が無いのは国のせいでも誰のせいでもない。

困難な仕事や責任に向き合おうとしない自分自身のせい。

それを認めて受け入れられるならば、いつでも仕事や責任が存在し、
自身がそこで生かされ、「本当の意味で」生きていく事ができる。


責任を持つ、仕事を持つ、という事は、何でもかんでも自分のせいにする事と同じ事だと思う。

だから、何でもかんでも自分のせいにした方がいい。


もし、何でもかんでも自分のせいにして、理不尽な気持ちやストレスで壊れそうになったら、

家族や友達と話したり、酒を飲んで騒いだり、泳いだり遊んだりしてスッキリしとけばいい。


スッキリしたら、また困難や理不尽に対して、「甲斐性」と呼ばれる「誇り」のような崇高な思いを感じながら向き合う事ができる。



今日のお昼に食べたアイス「バナナスザンヌ」。

変な名前。

(脈絡無し)

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posted @ 23:39 feedback (0)
けっこう昔、AdSenseで稼いだ事ありました。
が、ある時からアカウントが無効となり、その後は別なメールアドレスでも別なサイトで登録しても承認される事は無かったのですが、たまたまAdwordsの無料使用の案内が届いたので、こちらを試した後、AdSenseの案内があったので何気に登録してみたところ「AdSense承認」のメールが。

これはけっこう大きな事。稼ぐ事が目的ではありませんが、blogを書く事や、無償の制作を行う事を「収益の発生する仕事」にする事が出来ます。

よっしゃまた頑張ろう!  と、更に「仕事」が増えた今日この頃。

posted @ 20:43 feedback (0)

先日、物理サーバをP2VでHyper-V化しました。

非常に簡単に移行でき、非常に安定して稼働していたのですが、昨日、アクセスが不安定になる現象が発生しまして。


原因は、しばらく停止させていた物理サーバにWindows7をインストールしてLAN接続したため。
P2VでHyper-V化すると、MACアドレスまで移行されてしまいます。

このため、移行済みの物理マシンを、Hyper-V化した論理サーバと同じネットワークに接続すると、MACアドレスの競合が発生し、通信不能の事態に陥りました。

対策は、Hyper-V化した後、仮想LANアダプタのMACアドレスを変更する または動的アドレスにする とOKです。でした。


ちなみに、現象的にMACアドレスの競合か何かだろう までは解ったのですが、アドレス重複ではなく、スイッチングHUBのキャッシュに以前のアドレスが残っていて それで みたいな原因かと思い、HUBというHUBを再起動したけどダメだった という事もやってました。



いやー 気付くまでハラ痛かったわ


posted @ 18:17 feedback (0)
そう言えば載せてなかったと思い、載せます。

「Windows7へアップグレードで解決」

でした。

VISTAは捨てよう諦めよう。

posted @ 15:38 feedback (0)
日本は資源の無い国だ と言われてます。


その昔、パソコンに初めて触った頃、うちはナカナカ貧しい家庭でした。

何かを産み出したり作ったりするような事をしたい欲求がありましたが、当然材料が必要で、材料を手に入れるにはお金がかかってしまいます。

だから、パソコンというものに出会って、材料を手に入れる事なく、それを使って何でも作ることができる と思ったとき、無限に広がる何かを感じたのだと思います。

プログラミングによって何かを産み出す時、電気は必要ですが、それ以外の材料は必要ありません。


「無から有を無限に生み出せる」 素晴らしき現実。


このことは、資源の乏しい日本という国に非常に適している気がします。

「スーパーコンピュータは世界2位ではイケナイ」本当の理由はコッチでしょう。


ITと(資源の乏しい)日本でのものつくりは非常に相性がいい と思うのは私だけでしょうか。

posted @ 21:53 feedback (0)
メールサーバのSPAM対策してました。

迷惑メールの送信元を突き止めてアドレス等をデータベース化。
メールサーバのフィルタにデータベース化したアドレス一覧を適用する って事を、迷惑メールが来る度にコツコツと。

もちろんデータベース化する部分やアドレスの割り出しの辺りは「負けてなるものか」とシステムを作りながら。

すっかり闘い。格闘のようです。

でも何となく いや かなり楽しいのはプログラマの性。

変態ですか?そうですネ。

posted @ 21:26 feedback (0)

「仕事」とは誰かの要求を、責任を持って果たす事であり、これを行い報酬を得るものが「プロ」と呼ばれている。

では、例えばアマチュア写真家が、誰かから要求された訳でも責任を課された訳でもなく、「自らの意志」で良いと感じたものを写真作品として制作し、素晴らしいものとして完成させる事ができる場合。

また、例えばサンデープログラマーが自らの意志によって素晴らしいプログラムを書き上げて、誰かの役に立つような事があった場合。

これらの例は「プロの仕事」ではないのか?
責任が無いからアマチュアの行いでしかないのか?


って風に考えた事がありましたが、わかった気がしました。

昔、

士農工商

って身分制度があったそうで、これは今の世の中でもこうあるべき序列だと思います。

が、現代で一番エラいのは「商」。
序列が逆になってます。

財を得る事を目的とし、成功者の定義も財を成した者の事を指す世の中。
誰しもそんな風に染まっている、染められている という事。


即ち、何らかの手段を講じ「報酬を得る事」が目的となってしまっており、本来「素晴らしい技量や能力を持つ者」の事を指す「プロ」という尊敬すべき立場が、「多額の報酬を得る仕事をする者」を指す立場に変わってきたのでしょう。

「商」の価値観ではそれが正解であり目的となる事ですが、「工」の価値観は違います。
報酬は結果でしかなく、目的は「より素晴らしい仕事をする、より素晴らしいものをつくる事」 です。
即ち、60点の仕事で100の報酬を得る者よりも、報酬が60でも仕事が100点の方が素晴らしい という世界。

そもそも今日の発展を支えてきた日本人の素晴らしさはそこにあったはずで、そこが長けているのが日本人だったのでしょうが、今は違う という事。



だとしたら自らはどうあるべきか。

今一度、胸に手を当てて考えなければな と。


posted @ 14:35 feedback (0)
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昨日は初活け。今年の抱負は「自然体」。

あれこれ考えすぎず、気楽に活けてみました。

写真も、思いのままにふんわりと。

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家に帰ってから活け直し。

悩まずヒョイヒョイと活けて、周りを片付ける事もせずユルい写真をパチリ。



性分的に「これはこう」と型にはめがちなので、あんまりそうならないように。
でも「けっこう考える」のは自分にとって極めて自然で楽な事。

肩の力を抜いてナチュラルに行こう 2010。

posted @ 15:57 feedback (0)

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昨日はB'zライブ。開演1時間前に着いたので喫茶店で腹ごしらえ。
のそのそ とたくさんの雪・人。

ライブが始まると跳ねるわ歌うわの大ハシャギ。1Fフロアで一番ハジけてた気がします。
いつもより曲数が多かった様で、アンコール前にバテてました。(25曲くらい?)

そういえばタクシーの運転手さんと話したのですが、チケット代9000円(SS席は12000円)
でペアだから18000円、タクシー代と終わった後の食事代 って考えれば3万円近い
出費となる訳ですが、こういった事で、高い安い は違うよな と。

不況だとか安いものしか売れない、仕事が無い って言われる世の中でも、
2時間1万円ものお金を支払ってたくさんの人が集まる という事実。

人は、金回りが悪くなっても使うべきところにはお金を使います。

だから自らが「使うべきところ」に属すればいいだけの話で、そうでない者が
淘汰されていく、というのは自然な事かもな と。

少なくとも、昨日のその時間その場所は「景気のいい」空間でした。

景気 と 元気 って同じかも。


話変わって、「超遅くて使い物にならない」と預かったVISTAパソコン。
Windows7に入れ替えたら超快適! 使いやすくなったね と喜ぶだろうな
って思える素晴らしいOS。

更に奥様、「○○から○○円も入金あった!」と。
この金回りの悪い時期にマジっすか!?


良いものに近づいたり触れたりするとなんでも良くなるって事ですか。
ありがたや~


posted @ 11:55 feedback (1)
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娘。6歳になりました。
4月から1年生。早いものです。

プレゼントは入学服。ランドセルも昨日買いました。
嬉しそう。良かった。

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スポンジが上手に焼けなかったのでクリームを盛りまくったケーキ。

とりあえず おいしく頂いたhappy birthday でした~

posted @ 18:03 feedback (0)
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昔、よく飲んでた某伊藤園のDRIP COFFEEという商品。
少し甘いけど、コーヒーとしての味は当時の缶コーヒーの中ではズバ抜けてました。

ここしばらく見かけていなかったので生産中止かな と思ってたら発見。

んー 懐かしいアノ頃の味。

久々の味ってイイですネ。

posted @ 17:36 feedback (0)
昨年末からデータベースサーバの電源が落ちるトラブルに見舞われており、対策を重ねてきたのですが改善せず。

ダウンの頻度が高くなったため、やむを得ずP2VでHyper-V化を試みました。

ダイナミックディスクからの変換となるため不安がありましたが、全く問題なく仮想化が完了。
HDDコピーにそれなりの時間を要しましたが、約120GBで1.5時間ほど。まずまず。
他の変換処理はエラーもなくサクサクと。

あー  すげ。
たいしたもんだな と。

お陰様で常時稼働サーバが1台減りました。

メインサーバも早く仮想化したいな って思えました。

posted @ 16:20 feedback (0)
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長かったー

51週目にしてようやく太陽系儀が完成。
ACアダプターが来週到着なのでまだ動きませんが、立派な太陽系儀が出来ました。

動いたら動画をアップしようかな。


えーと 1冊1,780円、51週で・・・  クワバラクワバラ

posted @ 14:48 feedback (0)
ある目的のためにシステムを作る時、システムを設計する・プログラムを書く事は手段となります。

目的のための手段。手段は手段に過ぎない とは言え、手段を講じなければ目的は達成できず、また手段が進化しなければより良い目的を達成できないので、時に「手段を習得する」ように手段が目的となる事もあります。

プログラマーとして、プログラミングを行う事を楽しいと感じたりそれ自体を目的とする事は大切な事。手段に溺れるのはよろしいことではありませんが、目的達成を重んじ過ぎるあまり、手段を講じる事の楽しさを欠いてしまえば確実に「結果」のクオリティが下がります。

写真や花など、他でも言える事です。特定の場所に指定の花を活ける目的を達成する事を重視するあまり、花を楽しむ事を忘れてしまっては本末転倒と言うもの。写真展に出展する写真を撮る事を重視し過ぎて楽しい出来事や日常を写真に収める事を忘れたり、カメラやレンズをいじる楽しみを忘れてしまうのは良い事ではなく、継続性、即ち成長するという「目的」を欠く行為です。

たぶん、全ての事の本質的な目的は「続ける」事。
本質的な向上・成長は続ける事でしか得る事が出来ません。

少なくとも「続ける」事ができるのは生のあるうち。
死を迎えた時、続けた事は終わりを迎えますが、それが無駄になる事はありません。そう言い切る理由もありませんが何となくそう思います。

生と死、目的と手段など、森羅万象ありとあらゆるものは対となるように存在する事で宇宙の均衡が保たれているのでしょう。


自分にとって心を動かされるいろいろな事。好きだと思う事やキレイだなと思うものは、そういった宇宙観を感じられるような事だ って昨年あたりに気付きました。

宇宙の全てが対となるものだとして、自分が心動かされるものの本質に触れようとするのであれば、先入観や常識的に忌み嫌われる側の見地や経験も必要な事かもな、とも。

きっと そう思うのは 気に合わないものを避けてきた理由に気付いたから。

気に合わないもの、負の側に属するようなものによって自分の心が乱された のではなく、自分の心を乱していたのは自分自身だった って事。自分の心のあり方・乱れを人のせいにしていただけ。自分がちょっとだけ変わればいいだけだった って事。


タイトルからはズレちゃったけどなるほどね

posted @ 15:39 feedback (0)

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2010年になっちゃいました。

いつも年末は今年を振り返ってどうこう って考えたり書いたりしますが、今回は無しで。

今年は自然体・ニュートラルで行こう! と思ってるお正月。

あー

泳ぎてー 仕事してー


posted @ 11:33 feedback (0)