買ったと言いますか、新料金プランにつき、購入代金無し、
しかもプランの見直しによって今現在より支払いが少額になる、と。
別に必要だった訳ではないのですが、タダで買えて月額の払いも
安くなるのであれば買わない手は無いという事で。
とりあえず、インプレ風に
①モーションコントロールは便利
メールを受信した時に、ケータイを「振る」とメールが開きます。
これ、すごく便利!
②ワンセグって結構イイ
「ケータイでテレビ見ないって。映り悪いし、起動遅いし、電池持たないし」
標準設定で、ボタンを2回押すだけでワンセグが起動します。
しかも、最初にボタンを押して音声が聞こえるまで約4秒、画像が表示されるまではそれから3秒。
かなり速いです。
「昔の人(自分もでしたが)がラジオを取り出してスイッチ入れて聞く」
感覚とそれに必要な時間が同じくらいです。
「今、(テレビ)何やってんのかな」
って感覚で「さくっ」と見れるのがイイですね~
③ミュージックプレイヤー速くて音もイイ
ミュージックプレイヤーもまた(903iに比べて)異様に速くなりました。
前回聞いてた曲からの再生 が標準なので、これまた「サクッ」と
音楽聞く、みたいな感じでイイです。
④FMトランスミッターが安定
903iの時、FM電波が弱いのか、ノイズ多めでしたが、かなり改善されました。
⑤スピーカーの音がイイ
かなりイイです。筐体が小さいため、さすがに重低音は鳴りませんが、
かなりクリアな音質で、スピーカーで違和感なく音楽を楽しめます。
⑥名刺リーダーが便利
名刺をカメラでスキャンすると、電話帳登録できる機能。便利ですね~。
スキャン精度も高く、カメラの高画素化の別なベクトルを垣間見ました。
⑦ボタンが押しやすい
ボタンに丸みがついて、とても押しやすくなりました。
処理速度自体がかなり速いので、メール入力が非常に快適です。
以上、なかなか高評価ですね。
パソコンの駆逐はまだまだでしょうが、市販のミュージックプレイヤーって
どうなるんだろう? って思いました。
posted @ 22:09 feedback (0)
花は完全な愛のかたち。愛がかたちになったものが花。
だから、花は災いなんかから守ってくれる って。
先日、テレビでそういう話を聞きました。
飼っている猫が災いの身代わりに、って話もありますが、
たぶん花も同じなんでしょう。同じ生き物。同じ生あるもの。
役割や存在の意味は必ずあります。
もし、
今、自分が花に携わっていなかったら、何か大きな
災い・事故なんかがあったのかも知れません。
今、何事もなくいられるのは、実は花のちからによって
守られた結果なのかも知れません。
たぶん ではなく、きっとそうなんだな と思いました。
自己表現やデザイン云々って話は実はただの理由付けで、
本当は「何か」に導かれ、守られたのでしょう。
そうだとしたら、「彼女(花)」はより大切にしなければな、と。
いろんな「存在」があって、それら存在には全て意味があって、
その意味をどう解釈するかは自由です。
何が正しいか、ではなく何を信じるか、どう信じるか。
「彼女らが自分や家族を守ってくれているのだとしたら、
彼女らのためになる事をする」
少しでも美しく活ける事。
少しでも優しく扱う事。
少しでも多く水を換える事。
少しでも多く見つめる事。
少しでもキレイに撮る事。
たぶん、そんな事を積み重ね、それらを続ける事で、
彼女らと「よい関係」でいられるかもですね。
「共存共栄とは」「相思相愛とは」
そんな事まで教えてくれるようです。
posted @ 11:31 feedback (0)

11月24日は12回目の結婚記念日でした。
真っ赤な薔薇の花束を作って奥様へプレゼンツ!

(特別に?)仕入れて頂いたローテローゼという薔薇。ほんとに真っ赤っかです。
「深紅」というほど黒くなく、「朱」の様な赤さでもなく、まさしく「真っ赤っか」。
みんな仲良く元気でいられればいいな、と。
ありがとう&よろしく!
posted @ 10:06 feedback (0)
あるカメラ雑誌のあるレポートを見て、とっても腹が立ちました。
デジタルカメラの要素で「高感度撮影時のノイズ」という特性があります。
最近のデジタルカメラは全てセンサー(フィルムに当たる部分)の感度を上げて(高感度にして)撮影する機能がついていますが、「高感度にして撮影するとノイズが多くなる」という特性があります。
ノイズは当然少ない方がいい訳で、高感度ノイズがダントツに少ないメーカーは従来キャノンだけでした。が、最近になってニコンやソニーが従来の「CCDセンサー」ではなく、キャノンの後を追い「CMOSセンサー」をカメラに搭載する様になり、「数値上は」キャノンのカメラを上回る高感度撮影機能を有する様になりました。
が、数値上「キャノンのセンサーを超えた」としても、実際に写した写真を見てみなければどちらが良いのかなど解りません。
同雑誌の記事で、実写比較が載っており、結果、「やはりキャノンに一日の長がある様だ」との事だったのですが、同雑誌の別ページのレポートには、数値上だけの比較をしたうえで「ソニー・ニコンの高感度特性はキャノンのそれを超えた」的な記述が。
数値が上なら実利用上でも上だってか?
で、別ページを見ると逆の事が書いてるようだが?
おたく 素人ですか?
つか ニコンとソニーから何かもらいましたか??
IntelとAMDの泥仕合を思い出し、嫌な気分になりました。
「より良いものを作る 結果、シェアを獲得できる」というものつくり的心構えが、「シェアが無ければ事業が存続できないから、シェアを取るために何でもする。雑誌社も抱き込む事も当然する」といった拝金主義的な状態にならなければいいな、と思います。
posted @ 20:50 feedback (1)
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日が暮れた冬の夜って「シーン」って音が聞こえる気がしませんか? 実際に聞こえてたら耳鼻科へ行って頂きたいものですが。 空は低くてグレーがかってて重い雰囲気ですが、外灯の灯りや直線的な構造物が秋のそれよりもクッキリ見えますね。 寒くなると外に出るのがおっくうになって、人や外の世界との距離が遠く感じます。 静かにひっそり、雪が無くなる春までを待つ って感覚。あー雪国 みたいな。 何を訴えたいのだ?自分 |
posted @ 20:17 feedback (0)

はい。中野もみじ山に行ってきました。だいぶ前。
葉っぱ青いんですけど。
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この日は霧が出ていたので、ライトアップの光が霧のスクリーンに反射してイイ感じでした。
スタジオ写真みたいですね。

駐車場から。んー 本物はもうちょいキレイ。
ちなみに全部手持ちです。ISの活躍と明るいレンズ様の効能は絶大でした。
posted @ 23:32 feedback (1)

ぶどう、です。
立派にお皿に盛ったぶどうもいいですが、こういうザルに盛ったぶどうって暖かみを感じませんか?
もう結構前の写真ですが、水泳の師匠様から頂いたぶどう。
実の付き方はまばらでしたが、甘い事甘い事。
本当はクリムゾンとかデラウェアが好きで、こういうぶどうは真ん中が酸っぱくてあまり好きでないのですが、これは真ん中まで甘くて本当においしかったです。
ごちそうさまでした~!
posted @ 23:25 feedback (0)
何よりもSEではなくデザイナー的なスキルが必要になったので、「論理的に解を目指す」というSEとしての原始的な方法論や考え方を放り投げて蓋をして、「良いと感じる事が良い」的な振る舞いを心がけてきた結果、やっぱり渡しはSEなので「ひとつの解」が見えました。ここにきてようやくですが。ほんと。
ハイ、その「解」ですが
「適当に作る」
という事。
「適当」 とは、「ちょうど良く」ではないです。
「テキトーに」の適当、「手を抜く」事に近いかも知れません。
何がRapid Designの方法論だ って? やけくそになったのか って?
違います。
「SE的な業務には答えがある」訳で、そこを目指す最短距離を詰め将棋の様に組み立てて実践する事が出来ます。
が、「デザイン的な業務は答えがない」訳です。
あえて「業務」という言い方をしますが、「よいデザイン」には答えがないです。
セオリーや基礎を踏襲する事で「とりあえず」のレベルのものを作る事はできますが、それを目指している訳ではありません。
奇をてらえばいいのか 他と違えばいいのか 個性的だといいのか
違います。答えが無いのです。
「それ」は生涯を通じて近づく事ができるだけのものでないでしょうか。少なくとも自分にとって、は。
そんな大層なもの、「仕事」として完了させる事など出来ません。
「システムは生き物」 という言葉があります。
日々変化する「業務」に合わせて、システムにも手を入れていかなければなりません。
そこの概念が「デザイン」も似てると思いました。
① まず、適当に作る。
② 次に、手を入れる。
③ また、手を入れる。
②と③は永久に続きます。即ち、システムで言えば「運用」段階とも言えます。
デザインってそもそも(システムで言うところの)「設計」さえ出来ればほとんど終わり。
なので、
「モックアップの完了をいつにするか」
ハイ、そうですね。①にすれば良いのです。
とにかく①を「早く」終える事が、「素早くWebを作る」「素早く印刷物を作る」方法、即ち「Rapid Designの方法論」です。
完成させる事ができないし、仕事なので手を抜けないので、「適当に作る」事。
プロでない人から、
「Webデザインって結局センスなんだってね」
と良く聞きます。つまりその通りで大正解、という事で。
適当に作った結果がどれだけのものになるか。それだけ。
磨くとこ、そこだけ。
適当に作った結果、素晴らしければそれこそプロフェッショナル。
システムエンジニアリングとは全く違うシロモノな訳ですね。
気付くまでこれだけの時間を要した渡しは、たぶんセンスが悪いのでしょう。アハハ・・・
でも、いいのです。
ある方から学んだ事ですが、一番大切な事は「自分の感性を信じる」事。
だからこそ、しっかり磨く事で日々精進。
相変わらず写真撮ったり花活けたりしといて下さい。頑張ってね。ハイ。
posted @ 22:40 feedback (0)
ある歌の歌詞です(無断引用)
「たとえば どうにかして君の中 入っていって
その目から僕をのぞいたら いろんなことちょっとはわかるかも」
何の曲かは置いておいて。
昨日からとうとう雪になりました。いきなり5cm程度の積雪。寒。
タイヤ換えなくちゃ。などと思ってました。
その時に、「今の外の景色を撮りたいな」 と思いまして。
次に、「何で撮りたいんだろう?」「何を撮りたいんだろう?」と思った訳です。
それは、先に言葉で書いた様な事「雪降っちゃった。寒くなっちゃった。」
みたいな事に対して「肌身で感じた事」を伝えたいんだよな、と。
青森の冬。住人なら解る「感覚」があると思います。住人でも人によって感じ方は様々。
いい意味でも悪い意味でも心が動かされる訳です。
「冬だな」って言葉をつぶやく時の「感覚」。
人によっては「厳しい冬が来てしまったな。あーあ」って思う人もいれば、
「初冬の澄んだ空気感ってイイな。冬はつとめて なんて良く言ったものだな」
って思う人も、「鍋焼きうどん食いてーな」って思う人、「忘年会」を想像する人。様々。
でも、それら「言葉」は簡単に真実を曲げて伝える事ができます。
美辞麗句を引用して「自分の言葉」として伝える事、簡単に出来ます。
そうしたつもりがなくても、記憶の中にある「好きな言葉」を自分なりにアレンジして
伝えているだけかも知れません。こうして書いている事もそうかも知れません。
自分から見えた世界、自分が感じた事を伝える、という事。自己表現。
最初の歌の歌詞に戻りますが、歌詞の内容とは逆に、もし誰かが自分の中に入ってきて、
自分の目から外を見たら、自分の事を少しわかってもらえるかも知れません。
それは見えた「世界」であったり、「もの」であったり、「人」であったり。
自分からみえた「それら」、「それら」から感じたことが、人に伝われば嬉しいです。
自分が嬉しく思った事が、人にも同じように伝わって分かち合えれば、尚嬉しいです。
言葉が得意な人は、言葉でそれを伝える事が出来て、円滑な人間関係を築く事が出来るのでしょう。
でも、自分は言葉は得意でないです。美辞麗句を「考えて」「書く」事は出来ても、上手に「話す」事が出来ません。
だから、言葉でない方法で自分を表したい、って思う訳です。
だから、冬景色を見て、「撮りたいな」って思った訳ですね。
結局、撮ってませんが。アハハ・・・
posted @ 11:14 feedback (0)
posted @ 10:27 feedback (0)

今日は仕事でしたが、とても天気が良かったので近くの広場へちょろっとお出かけ。
赤や黄色は通り越して茶色一色になった原っぱ。
空も寒々しいですね。

遠くの山の山頂には雪が・・・!

すすきも「十五夜花」なんて言って活けてた9月頃とは違う形になってます。

それでも上着も着ないで元気に遊ぶ我が息子。
子どもは風の子。元気ですね。
えーと
まとまらないので以上で。
posted @ 17:57 feedback (0)
プロは素人に向かって素人呼ばわりしません。
渡し、コンピュータ関係のプロですが、パソコン解らない人を嘲笑などしたら単なる嫌な人ですね。全然プロでないですね。一人で満足してろって感じですね。
例えば、プロの領域に達していなくても、精一杯取り組んでいる事に対して素人扱いされたりプロを引き合いに出されたりすると、かなり「カチン」とキますね。
その次にどうするか。
何くそ思って見返そうとするか、落ち込んだり憎んだりはたまた「自分が辞めたのはアイツがバカにしたせいだ!」なんて宣うか。
そこ、自由ですね。
もし、何くそ思って頑張って一人前になれたのだとしたら、誇りを傷つけてくれた人に感謝すべきですね。
その時は、
「オマエにあの時バカにされてカチンとキタから、頑張れたんだゼ」
「え?マジ? わはは (すげーな やってくれるな!チキショ!)」
「わはは (どんなもんじゃ~い!・・・ありがと!)」
ってなりますね。きっと。
逆に、「あの時アイツがバカにしたせいだ!フンだ!」なんて思ってると
どうなるんだろう??? (って 知りたくもないですが)
posted @ 17:36 feedback (0)
①仕事か何かを受けたらすぐ自分のパソコン宛てにメール
②パソコンに向かったらGoogleカレンダーに①のメール内容を登録してスケジューリング
という手順で仕事をこなしていたのですが、あまりにも仕事やスケジュールが入りまくるのが収まらないので、先日、手帳を買いました。
①仕事か何かを受けたらすぐ手帳に書く
②重要事項だけ自分のパソコン宛てにメール
③パソコンに向かったらGoogleカレンダーに①②のメール内容を登録してスケジューリング
という手順に変更となったのですが、実際この様にしてみたら手帳に書く事の多い事多い事。
よく今までメールで済ませてたな、と自分に感心しました。
で、思考パターンの話ですが、本屋で手帳を見てみたら、手帳の「コンテンツ」は
①月間カレンダー
②週間カレンダー
③メモ
④アドレス帳
ほとんどこの構成です。
が、ビジネスに重きを置いた場合、メモする内容はスケジュールにも依存しますが、「お客さん」に依存するので、「お客さん毎メモ」みたいなコンテンツがあればいいのにな、と。
でも、スケジュールにも依存するので、紙面で表現するとしたら日付とお客さんのマトリクスになってしまうから使いでが良くないな、と。
だったら、メモの時点では「日付」と「お客さん」と「メモの内容」だけ書けば、日付毎とお客さん毎に分類される仕組みだったらいいのにな、と。
それってコンピュータシステムでしか表現できないよな、と。
つか 前作ったやつあるよな、と。
それだと手帳でなくって、PDAか携帯で出来ないかな、と。
そんな風に考えてしまう脳みそになってるから、今まで手帳を持った事が無かったんだな、と。
合理性を追求するのもいいけど、シンプルにやってた方がいいかもな、と
このオレンジ色の手帳が気に入ったけど、女性向けですか? と。
「運動とカロリー消費率:バタフライ30分 552kcal」なんてページがあるから女性向けだな と。
ビジネス手帳ったら 黒 って、つまらなくねぇ? と。
少しくらい元気が出る色のがあってもいいのにね と。
その日、本屋の手帳コーナー付近で一人で頷く男がいたそうです。
posted @ 07:40 feedback (0)
posted @ 19:52 feedback (0)
車に乗って、店に向かう際、「空気が澄んでるな」と。
詳しい理屈は解りませんが、冬の空気は澄んでますね。
透き通るようです。(って元々透き通ってますが)
目が良くなった気分にもなるな、とか、キリっと締まった空気感は冬だな なんて思いながら店に着いて。
寿司を注文して待っている時、外を見たら雪。
空気も透き通るよな。冬だなー なんて思ったアレで。
「透き通った空気の感じ」を撮ってみたいな ブツブツ
posted @ 19:35 feedback (0)
明日は早朝にお花のレッスンです。部活の朝練みたいな。
早起きは得意ではないのですが、やりたい事がある場合は余裕で早く起きれます。
その昔、ドラクエやらファイナルファンタジーやらを朝4時からやってた時代もありました。
冷静に考えると、オッサンが早起きして「お花のお稽古」って、何だそれ?みたいな。
でもいいのです。
人と違う部分こそが個性。個性的ってステキさ♪ つかカッコイイ?
今までにない自己表現の世界。
写真やパブリッシング、Webやシステムなどと一緒に勉強できるのが楽しい訳です。
どこまで趣味でどこまで仕事か、みたいに言われる事しばしばですが、そもそも仕事と趣味で線引きする事自体が間違いで。
誰しもやりたい事をやっているだけです。
「やりたくないけどやっている」って言う人も、最終的に「やる」って決めたのは自分自身。
「人から言われたから」ってのも、言われた次に「やる」と決めたのは自分自身。
逆も然り。墜ちていようが浮かれていようが、好きで選んでそうなっただけ。そうなりたかっただけです。
やった結果、対価を得たり責任になったりすると「それ」は「仕事」と呼ばれる事もあるでしょう。
何でも自分で選んでやった事だから、「それ」を軽んじる事は自分を欺く事とたぶん同じ。
だから、
(中略)
朝練頑張ろう!
※中略し過ぎて、いまひとつ伝わりませんが本人だけ納得しててさっぱり
posted @ 22:17 feedback (0)
Accessなのでとても素早く作れました。当然、C/Sシステム。
LANベースのC/Sの限界と、配布・管理等の容易性、Webの進化・汎用化から「何でもWebで」という流れがあって。自分もそれに乗りました。前の会社を辞めた理由のひとつとして、「それに乗りたかったから」という事も正直あります。
が、時は流れて、C/Sもどんどん進化している様で。
OfficeをUIにしたWebベースシステムなども一般的になってきた気がします。
たぶん ですが、Accessも同じ様に「UIはAccess バックエンドはWeb」という作り方も出来るのでしょう。
更に、ClickOnceの様な配布技術にもOfficeは対応するのでしょう。
「何でもWebで」
という概念は過去のものですね。
「Web2.0」や、その次に対する議論がなされている様ですが、それらは「何でもWebで」に基づく「狭い」考え方だな、と。
「VSやAdobeで作るプロダクトこそが一流である」
Access2007の「進化」を体感して、それこそが「古い考え方」になってるんだな、と感じました。
posted @ 21:37 feedback (0)
仕事が溜まるとガントチャートを引きます。引くだけでもかなりスッキリします。
コレ先にやって、コレはいつからやればイイな。だったらコッチやっとく余裕なんぼかアルな。
みたいに整理できて。
クリティカルパスを外さない様にひとつずつこなしていく事で「着実にゴールに向かっている」感覚になる訳ですね。
ところが現実はその通りには行きません。割り込みが入ったり、計画通り進まなかったりして「調整」が必要になってきます。
往々にして、この「割り込み」の様な「後から入るチョイ仕事」は、線表に従ってこなす仕事とは異なり、「後から入ったものが最優先。すぐ終わるから先にやっつける」的な仕事である場合が多いです。
それらの「後から入るチョイ仕事」は(数学的な)「スタック」として積まれます。
後から入ったものが最優先なので。
スタックが高く積まれると、クリティカルパスが見えなくなります。
スタックを掘って掘りまくってようやくクリティカルパスが見えた頃には、ガントチャートの変更を余儀なくされています。
「計画に基づいて進める仕事」と「いきなり入って急いで片付ける仕事」。
特に後者は「仕事」と呼ぶべきでない、かなり私的な事であったりもして。
同じやり方で片付けようと思ってもなかなか減らない訳ですね。
それらの先には「光」みたいなものを感じるし、そこに向かってるんだ って解ってても、あまりにも減らなかったり増えたりしていると「うれしい悲鳴」を通り越して「焦り」に変わります。
んー。
どうしようかな。
posted @ 20:46 feedback (9)
花展が終了!
と言っても写真の現像やHPへの反映、花データベース(?)、次回花展に向けての自分の作業の資料作成とシステム作成など、やるべき事はまだまだあって、終わった気分にはなれなかったのですが。
今日、お花の先生に会った際、「花展、どうでした!?」と聞かれ。
「正直、疲れました」 と。
いろんな思いや感想が「形」としてあるのですが、言葉でさくっと説明できません。
綺麗なうわべの言葉を並べるのは、「嘘」でしかない訳です。
でも、そう聞かれてからからいろいろと思い出したり考えたりしてました。
前回の花展が終わった頃から一番頭にあったのは「写真」の事。
無機的に仕事的に作品を撮るのではなく、作品から感じた事を撮る みたいな心情的な事や、暗い室内で美しく撮る方法とたくさんの写真を合理的に撮る方法みたいな技術的な事。
「花を撮る」事に対していろいろな事を考え、試したり練習したりしてきました。
早い段階で全体を撮ってから、花展を抜けてパソコンに写真データを落とし込んで露出などをチェック。
ピントが狂っているものや、どう見ても「イマイチ」なものは撮り直し。
明るい大口径ズームで撮った後は、明るい単焦点で再度撮って。
少なくとも、自分が「感動」した作品は、写真を見た人にそれが伝わればイイな。「感動」が撮れていればイイな と。だったら自分の写真を見て「酔う」くらいでないとダメだな などとも。
写真以外で拘ったのは「CI」。
印刷物など、目に留まるものは全て「ロゴ」と「色」を統一させて。
来場者にも生徒さんにも、ブランド的なイメージを与える事が出来ていればいいな。
あの色とロゴを見た時に、パッとイメージが膨らむ様に。
ロゴを露出できるもので、自分で作る事ができるものはなるべく自分で作る様、敢えて「一人で抱え込む」様にして。負荷は高かったですがほぼ思った通りに出来たので良かったかな。
花展なので何といっても自分の作品。
何と「新人賞」!!
マジッスカ!? 実感無いんですけど。
前の日記に書きましたが、活けたお花に全然「納得していなかった」のです。
最終日の朝にようやく「納得できる」活け方が出来まして。
自分で納得できて、見られても恥ずかしくない状態になったからもう満足。次はもっと早く上手に出来ればいいな、くらいで思いつつ、先生と話をしながら受賞者向けのシールを作っていまして。
先生が賞の賞品を選びつつ、
「新人賞の賞品はコレかな。オアシス必要だからもらった人は迷惑かもね」
「わはは。それは面倒な賞品ですね」
なんて会話の後に、会場に戻ると、「千代谷さんの作品、大変な事になっていますよ!」と。
活けた後に作品が倒れたり、ちょくちょく人がぶつかる事があったりしてたので、「え!?」と思い、自分の作品の所に駆けつけたら、さっき作った「新人賞」のシールが自分の作品に貼られてて。
正直、「手伝ったから新人賞ですか?」と思ったのですが。
違いますね。
「手伝ったから賞をあげる」先生だったらはっきり言って願い下げだし、「手伝ったからもらった賞」で喜ぶ「安い人間」と思われているのだとしたらガックシな訳で。
そんな訳ないから、ちゃんと頂けた賞なのだな、と後になってから納得できました。良かった。
励みと自信になりました。もっと頑張るゼ!
それと、「花展」によってある人と会えた事。しばらく会えてなかったので、いろいろと心配だったのですがとても元気そうで。正直「?」と思っていた部分が何かふっきれていたと言うか、さっぱりした「イイ」雰囲気になっていて。いろいろと話もでき、とても良かったです。
あと、来場された「男性」に対し、「明らかな違和感」を感じました。男がいる場所でないよな? みたいな。
と言う事は、自分の存在も「そんな風」に見られていた、という事で。
馴染む事って、出来るのかな?出来るとしたらオネェ系になるって事か?
いや 馴染まなくてもイイのかな??
閉会式はたくさんの女性の中、男は自分一人だけ。
んー。
慣れて下さい。
で、繰り返しになりますが、
まだ花展の仕事終わってませんね。自分。
早く進める様に。ハイ。
posted @ 22:59 feedback (4)
花展がありまして、あまり慣れていない系の花活けをしました。
手こずる手こずる。いろいろなものが足りていない事を痛感。
出来上がりのハッキリしたイメージはあるものの、お花が言う事を聞いてくれない状態で。
結局、中途半端な状態で花展が始まってしまいました。
「持てるものを出し切ったのか? やり切ったのか?」
という問いに対する答えは「NO」です。
出し切っていない状態に対して褒められるのはとても情けなく。
上手下手はどうでも良くて。人からどう思われようがどうでも良くて。
「よくできたカッコイイ」より「カッコ悪くてもやり切る」事が目標なのに、これだと全然ダメです。
明日は納得してこい! 自分。
posted @ 21:45 feedback (0)






