アフィリエイトプロバイダの担当者に「取り締まれないのか?」的な、実に頭の悪い質問を浴びせていたり。
ニュースが一段落すると、貸金業者のCMが流れます。最近はゴールデンタイムでも流れたりします。
目くそ鼻くそとはこの事。アホか。
低俗な報道で叩かれた某新聞社も同類でしょうが、彼らが行っている事は人間にとっても社会にとっても、あくまでも「二次的」な事であって、人が生きていくために欠かせないものとは違う訳です。
そこ、全くわきまえていません。看板と多大な利益の上に「アグラカイテル」ってやつです。
自分も含めたIT産業なんてのもそう。
生きる糧を作る人や、命を救う人の様な「欠かせない」役割とは違う訳です。
webはテレビ局・新聞社など旧来のメディア、即ち「古いコンテンツビジネス」を行っている人々にとっては驚異でしょう。
「ネットは悪だ」「アフィリエイトは悪だ」「携帯は悪だ」などと毎日宣ってツブしたくなるのは理解できます。
が、コンテンツビジネスの本質・目的・役割は、「良いコンテンツを提供する」事。
狭い領域で敵を作ってツブしあっても何も産まれません。「理解できないもの」を悪とするのはやめて下さい。
利用者に良い情報を提供する事。「情報として」夢を与える事。「情報として」希望を与える事。「good news」をばらまく事。
その程度しか出来ないのだから、そこに精一杯尽力すべきです。
できなきゃ辞めろ。
posted @ 23:56 feedback (4)

家の裏から見た空です。
紅く染まった3つの雲が何かイイな と思い。
同じ場所。日中の画です。爽やか。
「昔はもっと空が綺麗だった」
って言う人もいますが、実際は建物が多く建った事で地平線に近い空が見えなくなった という事でしょうか。
そうであってもそうでなくても、家の裏は畑が広がっていて空が綺麗に見える場所です。
最近までは雑草だらけで家の裏には回れませんでしたが、ガーデニングにこり始めた奥様のお陰で綺麗な空を拝める訳です。アリガト~愛してる~♪
んでもって写真で15パズル作ったりして
posted @ 18:32 feedback (0)
悩みを抱えた人から相談を受け、言うべき事を言い、すべき事をしても、それを受け入れて行動するかしないかは「相談した人」次第。
相談した人が、それを受け入れる事をせずに「墜ちていった」のを見た時、「カウンセリングの限界」を感じた、と。
もう結構経ちますが、似たような事があったのでとても共感しました。
カウンセリングなんて立派な事ではありませんが、「良くない」側へ進み、苦しんで助けを求められた事に対して自分なりに応えたつもり。言うべき事、すべき事をしたつもり。
でも、結果、良くない方へ墜ちていき、何故か自分が悪者的な扱い。
その時、「人を変えるなんておこがましくて、そもそも出来ない事なんだ」と気付きました。
変える事が出来るのは唯一自分自身のみ。
誰に何を言おうが示そうが受け入れて行動するのは当人の意志次第です。
ただ、
それもまた「絶対」という事ではないのでしょう。
そういう事もある、と。
それか、渡し自身が不条理や矛盾を受け入れられるようになる為の訓練だったのかも知れません。
それとも「取捨選択」は行うべき、何でも受け入れればいいというものではない、という事を学ばされたのかも知れません。
もっといろんな経験を積めば解ってくることなのでしょう。
posted @ 13:22 feedback (0)
先日、うちで運営している不特定多数ユーザ向けのサイトについて電話で問い合せがありました。
電話での問い合わせは初めてです。東京のユーザ様から。
誤って登録したまま、多数のクライアントにメール配信してしまったので、登録内容を修正できませんか 的な事。
急いでいた様だったので、速攻で対応したところ、お礼のメールを頂きまして。
嬉しかった。
顔の見えない相手 ではありますが。
「頑張ろう!」 って気持ちが沸いてきました。
ずーっと前に書いた気がしますが、
何かをした結果、
「ありがとう」って言われて、
嬉しくなるからまた更なる何かをする
そういう循環になるものは「良いもの」に違いありません。
少し前に
「これ もう 辞めようかな」
って思っていたサイトだっただけに、「辞めなくて良かった」 って強く思いました。
だから、頑張る&頑張れる そして、某N田さん、使ってくれてありがとーー!!
posted @ 23:54 feedback (0)

家の裏から見た今日の夕方の景色です。
綺麗だなー と思い、パチリと。
最近、仕事以外で写真を撮る機会がめっきり減っていました。
写真を撮ることに自信を持てなくなっていたのだと思います。
それは「人と比べていた」から。
上手な人と自分を比べて「これじゃダメだ」、と自信を失う事。
謙虚である事と自信が無いことは似ていて異なる事です。
そこ、間違ってたな とふと気づき。
自分は自分以上でも以下でもなく。他の人もみんな同じ。
自分がしている事、責任あるなしどっちでも「やる」って決めた事であれば楽しんでやった方が得だよね と。
ちょっとした気持ちの持ち方で言うこともやる事も変わるものです。
posted @ 20:40 feedback (0)

ポップでカジュアルなお花。
モダンなシェイプとカラフルな色づかいの組み合わせは、現代的な若い女性を彷彿させます。
ちょっと楽しかった花活けでした。

家に帰ってから活け直した版。
「雲の上のひまわり畑」みたいなイメージ。
posted @ 11:17 feedback (0)
写真を探していたら3年前の今頃の写真が目について。
眺めたらいろいろな事を思い出しました。
たとえば、引っ越してきた町内会で、地引き網体験があった事。
この時、近所に高校の同級生が住んでいることを知り、「クラス会をやろう!」となりました。
翌年実現したクラス会。懐かしい級友との再会。
再会した友達が、今、うちに来てたり、別な友達から仕事を頂いたり。
最強のPDA、hx4700を買った事。
買ったけどあまり使わなかったな。結局売りました。
携帯電話の性能が上がり、必要なくなったからです。
ビル・ゲイツ氏とご対面。
技術者か?この人は?? な印象。
最近、「過去の人」になったばかり。
初めてのジェットスキー。
水泳を始める前だったので、とてもダラシナイ体型の写真。情けな!
髪も長かったな。
熱帯魚水槽。
もう魚がいなくなり、水槽は撤去済み。
熱帯魚の代わり(?)に、家には花がたくさん。
同じ年の秋、東京ドームにも行きました。
奥様といっしょにB'zのライブ。
今使っているノートPC買ったのもこの頃。
本格的にHPの制作・運営を始めたのもこの年でした。
当時の社員(?)も写ってたり。
3年経てばいろいろ変わるものですね。ほんと。
いや、特にいろいろ変わったこの3年間 でした。
変わるキッカケは漏れなく「人との出会い」。
そして一番よく解ったのは、自分が「よい」と感じるのは「道」を求めたり志している人との出会い・関係。
事業や商売の成功と似ているけど異なる想いに感動したり魅せられたり。
思い出浸りはこの辺で。
水泳・花・カメラ といった自分を変えてしまうくらいの次の出会いは何か。
よい出会いがありますようにと思いつつ、がんばろう~!
posted @ 15:58 feedback (0)

木に止まったあげは蝶!
たまたま近くにカメラがありましたが、付けていたレンズは50単。
大急ぎで望遠ズームに変更し、感度を上げて連写!
なんとか撮れた一枚。日の丸構図なのでいまひとつですが、シャッターチャンスをモノにできたという事でご容赦を。
話、変わりますが、EOS 5Dの後継機、噂ばっかりでいつまで経っても出てきません。
Nikonのフルサイズ廉価機が出ちゃいました。D700。
APS-Cだと回折によって「いっぱい絞り」の写真がイマヒトツになるので、性能がそこそこでも良いのでフルサイズ機が欲しいのです。できれば所有している30Dの機能を踏襲し、EF-Sレンズ資産も利用可能な様にクロップもできたりすれば尚嬉し。
とりあえず、現5Dセンサー+DigicIII+5連写の機械が15万円程度で出てくれれば、即買い換えるのですが。まだですかね??
posted @ 13:24 feedback (0)
昔は使わなかったけど、最近よく聞く言葉「小腹が空く」。
小腹が空いたから何かを食べるべき、即ち「常にお腹いっぱい」が現代の当たり前になってしまったのでしょう。
本来、人間は「空腹」が当たり前で平常な状態のはずです。
「小腹が空いた」ではなく「腹へった」で食べるものは何でもごちそうな訳で、質素なもので十分です。
胃腸にも体にもその方がいいでしょう。
いつ頃から「常時お腹いっぱい」でなければならなくなったのでしょうか。
日本人は食が欧米化したのではなく、意識や生活習慣がそんな風に変わっただけなのでしょう。
「小腹が空いた」ら、「お腹が減る」までガマンして、ご飯をおいしく食べるだけで、メタボリックなんとかとか糖尿病とか減るかも知れませんね。
posted @ 18:04 feedback (0)
「ひとつの時代が終わった」と評されています。実際そうだと思います。
かつてソフトウェアの価格は「予算 - ハードウェア価格」でした。現在でもそうであるケースも少なくないでしょう。
「ソフトウェアには正当な値段があるべきだ」というプログラマーの誇りを体現すべく立ち上げたマイクロソフト。同じプログラマーとして、システムエンジニアとしてその思いにはとても共感できました。
WindowsやOfficeで財を成し、思いを遂げた彼。
最後の「作品」、「VISTA」は、そんな彼の思いに終止符を打つものだったかも知れません。
「売れないな。そうか 時代はソフトではなくサービスを求めているんだな。」
そう思ったかどうかは知りませんが、そうだとしたら、業界の未来をgoogleに託した事でしょう。
でもそれでは残されたバルマー君を始め、社内の士気は一気に下がります。
だから、Yahoo買収はあきらめないはず。
これから業界がどう変わっていくか。
システムエンジニアやプログラマは、ビジネスモデルの中での立ち位置が変わる事でしょう。
5年後の展望も読めません。
でも、いつまでも普遍的な事、普遍的な仕事、普遍的なスキルは、「原理原則」であり「基礎」の部分。
急速にブラックボックス化が進むソフトウェアの世界では、根っこに近いスキルの保有量こそが技術者の力量そのもの と言っても過言ではありません。
利用媒体や言語、環境が変わってもいつまでも変わらぬもの。
変化に流されない普遍的な価値を持つ「資産」は何か。
トレンドを取り入れながらも惑わされず流されず、磨き続けるべきもの。
変わり目だからこそ、外ではなく内を見つめ直す事が必要だな、と強く思いました。
posted @ 09:27 feedback (0)

ハーブ とは、人の役に立つような 例えば良い香りであったり、薬効があったりする植物。
ミントは特に爽やかな香りを楽しみながら活ける事ができて、とても癒されます。
花そのものが、人に「愛のあり方」を優しく諭し癒す事ができるのだとしたら、ハーブはそれに輪をかけて人に「実益」をもたらす訳です。
「ハーブは いわば雑草かもね」
そうなのかも知れませんが、そんな雑草ですら「いのちの役割」が与えられている、という事。
先日の先生の花活けで一番イイな と思った花、ピンクラナンキュラを敢えて引き立て役に回し、「雑草」が主役でのびのび爽やかで元気に、その存在をアピールするようなイメージで活けました。
雑草 って、何も手をかけなくてもすくすくと元気に育ちます。ものすごいエネルギーを秘めています。
でも、人には迷惑がられ、摘み取られて捨てられたり踏みつけられたり。
でも、地道に頑張って生きてるんだから、たまに主役になるのもイイでしょう。
「エレガントで素敵な様とは、美しい様ではなくて頑張ってる様」
なんだかいいことした気分でした。
「ハーブを活ける」事は自分に合っている気がします。
posted @ 00:42 feedback (0)
世の中変わった なんて言葉を耳にしますが、そういえば何が変わったのかな?とふと考えてみました。
30年くらい前、小学生の頃と比べて何が変わったか。
まずは基本となる「衣食住」
着るもの。
自分は大人になったので大きいものを着ていますが、それほど大差無い気がします。最近では水泳やお花の関係もあって、その場に合わせた服装をする様になった程度でしょうか。
流行に拘る人は、昔も今も「ガイジンのマネをした、ちょっとヘンな服装」をしています。変わってませんね。
食べるもの。
これは大きく変わりました。30年前は主に魚介を食べていた気がします。時々、肉を食べましたが、牛肉は高くて食べられませんでした。食事もほとんど和のものでしたが、今は和洋中さまざま。「なんとかの素」の様な、簡単に料理を作る事のできる、調味料や具材のレトルト・粉が入ったものが多く売られ(ハンバーグの素とか麻婆豆腐の素とか)、レシピはネットで簡単に手に入り、「食の価値」自体が変わった気がします。
「食べ物を残すのはもったいない」「少しくらい悪くなっていても食べる」が当然だったのはもう昔。「食べ物を残して捨てる」「作ったけど誰も食べないから捨てる」世の中になりました。
最近、食料価格が高くなってきました。
ほとんどの現代人はものの価値を「値段」でしか計る事ができなくなっていると思います。
食料価格が上がる事で、「食べものはとても大切で価値があるもの」と気付くか、「とにかく安くしろ」と不満を垂れ流し続けるのか、はこれからわかる事です。
どのみち、「食べものを捨てる」という冒涜を繰り返したツケを払わされる事は間違いないでしょう。
住むもの(?)
昔は3世代同居が当たり前だったと思いますが、今は親と離れて暮らすのが当たり前です。
幼かった頃、祖父母は「何でも知っている」存在でした。危機に直面した時、迷い無く「こうしろ」「ああしろ」と言い、悪いことをした時は有無を言わさず殴られたり怒られたりしていました。
それこそ「家族の中の神様」の様な絶対的な存在。現代はそういう「信じるもの」「よりどころ」の存在が身内に無い人が多いのではないでしょうか。
それ、とても大きいことだと思います。
それと、昔は「家」は「家族」だけのプライベートなものでしたが、携帯電話やパソコンが普及した現代は、家に帰ってもいろいろな人とつながったままになりました。ITに関する法整備や教育が満足にされぬままインフラだけが整いつつある現状。
テレビで取り上げられるくらいの問題や事件を繰り返しながら、「電話や手紙」の様にルールが決められていくのでしょう。
食と住が大きく変わった、即ち生活の基本部分が大きく変わった、という事なので確かに「世の中変わった」という事。
まずは衣食住 なんて書き出しでしたが、そこだけで疲れたのでこの辺で・・・
posted @ 09:39 feedback (0)
昨日は水泳教室でした。
バタフライ、1点だけ克服できないポイントがありまして。
キックを打つ際、水面から足が出る事。
バタフライは重心を前に乗せる事で、推進力が増して効率が上がりますが、重心を前に乗せる事で頭が沈みがちになり、結果、足が出る状態でした。
なので、重心を前に乗せる事を多少控えると、体が立つため、抵抗が増して効率もタイムも落ちます。
では、水面から浮上する時は頭を上げて、入水の際にあごを引く というフォーム は、うねりが大きくて効率が下がってしまいました。
どうしたらいいものか??
と悩んでいたのですが、コーチが
「エントリの時に肩をもっと上に上げるとよい」と。
試してみたところ、水面から足が出ず、しかも8割方の力で自己ベストとほぼ同タイム。
全開でタイムを取れば自己ベストは更新可能でしょう。
なるほど。
体幹の移動で重心を前へ入れつつ、スカーリングによって腰から下をコントロールする感じ。
3年も続けていれば、言われた事をさくっと出来るようになるものです。
自分の力に限界を感じたら、人に助けてもらえばいいんだよね と改めて思った日でした。
posted @ 12:11 feedback (0)
最近、科学雑誌のNewtonを良く読みます。
最新の物理学、宇宙論なんかが載っていて、深く見入ってしまうのです。
ずーっと前。30年くらい前。
宇宙の事が書かれた本と出会い、「宇宙の果てってどこにあるの?」とか、「何億年とかすごく昔、自分は本当にいなかったのかな?」とか、「そもそも何でものが下に落ちるの?」なんて幼い好奇心のベクトルはそこだけに向かいました。
大きくなったら天文学者になろう。
宇宙の事をもっと知りたい。宇宙に行きたい!
なんて思っていた訳です。
時間が経ち、現代。
当時、天文学と相対論で語られていた宇宙論は、量子論などが取り入れられ、「物理学」として扱われるようにもなりました。いや 昔からそうだったのかも知れませんが、小学生の自分は知りませんでした。
もし、
完全な物理法則が発見されたとしたら。
完全な物理法則が存在するとしたら。
完全な物理法則を利用できるとしたら。
それは、宇宙すら創造する事ができる、という事でしょうか。
もし、
既にそんな事が発見され、利用されていたとしたら。
実は、今、生きているこの世界も、映画「マトリックス」の世界のように、誰かに造られた世界であるのかも知れません。
造った人が「神」って事?
そうだとしたら、なんだかありがたくないですね。
ロマンはロマンのままの方がいいのかも知れません。
でも、自分にとって強い力で惹かれてしまう対象である事には違いなく。
物質の最小構成物質と言われる素粒子。
誰も見た訳ではありません。が、存在している事は確からしく。
素粒子の世界では物質が物質を通り抜けたり、素粒子が存在している空間が一定でなかったり、原子以上を取り扱う物理の世界の話とは全然違う、不思議な世界らしいです。
更に素粒子は何で出来ているのか? ひょっとして素粒子自体が小さな宇宙だったり。
小さな宇宙でも、そこの住人にとっては大きな宇宙な訳で。
「極微の世界」なんて言われたりしますが、大きいか小さいかは人間の日常を基準にしているだけの話。
霊や魂、心と呼ばれているものも、実はそんなサイズで存在しているのかな とか。
いや、そこまで小さくなくても、いつも吸ってる酸素分子すら見たことないぞ とか。
やっぱり そういう事、知りたいのですね。よくわかりました。
↓ちなみにこんなの発見。現代の子供って、ひょっとしてすごく頭良し!?
http://www.kek.jp/kids/index.html
posted @ 21:19 feedback (2)
開催が危ぶまれた というか 今年は無いものだと思っていたので、正直大会用の練習、ほとんどしないままの出場で。
結果は、バタフライ以外は燦々たる有様。でもイイのです。
唯一練習したバタフライだけは去年よりタイムが伸びたので。
ついでに賞をたくさん頂いて、チームのMVPに!!
でも、一番素敵な事は、幅広い年齢の人が集まってひとつになって頑張って、最後においしいお酒を呑めた! って事。
「水泳」だけでつながった、30歳から85歳まで実に年齢差55歳の集団。
目標があって仲間がいれば、いつまでもセイシュンしていられる って事。
セイシュンの意味を調べると「若くて元気がいいこと」。
善き先輩達の様に、ずっとそうでありたい! って思いました。
で、嬉しくて楽しくて飲み過ぎました。
ビール10杯?日本酒?合、カクテル・チューハイしこたま?
どのくらい飲んだのか意味不明で、完全に記憶を失い、大ハッスルの3日酔い。
えーと
セイシュンの成せる業 という事でひとつ。
少し反省。
posted @ 23:39 feedback (1)
最近は豚肉の方が好きなのです。
「贅沢でない」気分で食べられるのがお気に入りです。
卓上コンロは友人からのもらいもの。
焼肉焼き天然石プレートは少し前に1400円で買ったもの。
肉代も全部で1000円程度。
人を招いたり、おもてなし なんかの場合は違いますが、自分が満足するためだけにお客様から頂いているお金で贅沢なものを食べる事に対する嫌悪感があるのです。
だから、安い豚肉の焼肉はとてもおいしく感じます。
このくらいの「贅沢」だったらいいかな、と。
なので、我が家の通称「貧乏手巻き寿司」も大好きだったり。
※具材にシーチキン・納豆・ちくわ等を使った超安上がりな手巻き寿司
posted @ 23:08 feedback (0)

