
娘の病気が良くなるように、との事か、花壇のチューリップが咲きました。
真っ赤っか。きれいですね。

何気にたんぽぽ
遠くを見つめているような そんなアレで。

いきなり夜桜。

そしてお見舞いガーベラ
これで娘も全快でしょう。
いや、実際もうだいぶ回復しました。
よかった って思ったらどっと疲れたのでこの辺で。
posted @ 21:21 feedback (0)

いつも元気な娘の体調が悪く、今日で4日間、ほとんど何も食べられない状態でした。
そんな時はこれでもくらえ!と、お花。
「まなのお花だよ。元気になってね」
とお花を活けてあげたら喜んでくれました。
が、直後、再び洗面器とお友達に・・・
早く元気になりますように。
posted @ 19:00 feedback (1)
ふと、
2年前くらいもこういう集まりあったな と思い出して。
でも、その時「一番の友達」がいませんでした。
ソイツにとって会いたくない・会うべきでない人がいたからです。
時間が経った今、その「会いたくない人」ではなく、「一番の友達」が輪の中にいたという事。
どちらが良縁であるのか 自分はどちらを選んだのか。
縁を天秤に掛けるのもおかしいし、会いたくない人に対して失礼かも知れませんが、「良かったな」って思いました。
posted @ 12:27 feedback (0)
やる仕事、管理システムに入れて紙に印刷してるのですが、いつも平均して20~30項目の仕事が溜まった状態です。
少し減ってもまた新しい仕事が入る状況が長い事続いています。
で、ふと思った目標は、「残りの仕事をゼロにする」事!
すぐは無理ですがなるべく早く、一度でいいから、一日だけでもいいから「仕事ゼロ」にする!
気合だ気合!!
posted @ 19:32 feedback (0)
的な報道が飛び交う今日この頃。確かに暑いです。変です。
が、
前々から思っていたのですが、
では、温室効果ガスとやらが温暖化の原因なのだとしたら、二酸化炭素の最大の排出元はどこなのか?と。
工場?クルマ?
工場の操業とクルマの利用をやめれば温室効果ガスは激減して温暖化はおさまるのか?と。
温暖化が急激に進んだのはここ最近の事だと思います。過去10年前後のとこ。
もし、工場・クルマ及び森林伐採が本当の温暖化の原因なのだとしたら、なぜ高度経済成長期の頃に温暖化が進まなかったのでしょうか??
温暖化の原因として考えられるものとして、温室効果ガス以外に「太陽活動」があるそうです。
黒点が増える=太陽活動が盛んになる そうですが、「黒点の増加状況と地球の気温には相関がある」との事。
逆に、温室効果ガスと地球気温の相関は測る事が困難であり、裏付けが無いそうです。
「温暖化の原因は二酸化炭素でありこのままでは地球は滅ぶ」
って根拠のない話を擦り込まれて、終末思想的なものを植え付けられないように気をつけないとね、と。
メディアを操っている人間の一番の目的とは、一部の人間の利益のために民衆に特定の思想を擦り込む事である、と思います。
とりあえず テレビの言う事は話半分くらいに聞いといて、身の回りで起きている事に目を向けましょう という事で。
posted @ 08:19 feedback (0)
ずっと今まで「ひとのため」って、「人を助ける事」「人を救う事」だと思ってまして。
だから、一番偉いのは医者だろう、と。
言い方変えれば「人を救う事以外は、本質的には人の為になっていない」と思っていたという事。
だから、自分の仕事にもどこか誇りを持てていない気がしていました。
だから、いつかは子供のためになる事をしたい、なんて思っていました。
でも、それ、全部違う訳ではないけど「本質的には」間違いだな、と。
人を救う訳でもないスポーツやったり、漫画描いたり、はたまたものを売っていたり、それらは全て人に何らかの影響を与えていて、それは感動であったり無駄を省くためのものだったり、ひまつぶしであったり生活の役に立つものであったり様々。
ホームページ作ったりパソコンいじくったり写真撮ったり花を活けたり泳いだり。
何でもいいから積極的に前向きに取り組む って事。堂々と生きる って事。
それこそが「ひとのため」になる事だな と。
そう。「ひとのため」の「ひと」とは、他人と自分の両方。
だから、もう少し胸を張って偉そうにしてみようと思いました。(多少使用方法誤り?)
posted @ 07:13 feedback (0)

ほの暗い空に浮かび上がる のではなく 朝日を浴びて輝くカノジョ と言ったところでしょうか。
朝日の色は桜色。
桜の赤みが更に増して、「キレイだよ イヒヒ」とお声がけ。

自然の光の中でも、「あさひ」は特に優しい光ですね。
作られた光とは全く異質。当然、自分でコントロールできません。
相手に合わせて自分が動くだけ。

桜の花もまたコントロールできません。
1年のうち、綺麗に咲いていられる日は数日だけ。
しかも咲いていられる数日の間は天気が良くないと「きれいだね」なんて言ってもらえません。
桜の荘厳さは、そんな儚さ・潔さが源泉なのかもですね。

青空をバックに。
日中の太陽光の写真でこんな構図のものはよくありますが、朝日だと一味違いますね。
深い桜色。

でも、朝日がバックだと露出が非常に難しい!
朝日に合わせると桜が真っ黒、桜に合わせると朝日が真っ白になります。
場数 ですね。

敢えてフレアも入れてみたり。朝日が引き立つかしら?

キレイキレイ。ヨカッタネ。
来年またよろしく!
とか言いつつまた撮りに行ってたりして。
posted @ 06:52 feedback (0)

割っちゃってますね。ど根性桜。
大混雑でしたが桜自体はもう葉っぱが出ていました。残念。
ちなみに、長い事「石割桜」ってこの木の事ではなく、お菓子(ゴーフレット)の事だと思っていました。ゴーフレットが硬いから「石」で、ピンク色のクリームが「桜」って事かな などと。
木が先でお菓子が後なのですね。
いや、大人になってからは知ってましたが。30歳過ぎるくらいには。
posted @ 08:59 feedback (0)

弘前公園にて桜撮影後、盛岡市へ。
ミッフィーのブルーナさんのモダンアート展に行ってきました。
ブルーナ作品の原画などもありました。
原画は大したことないものでした。はっきり言って。自分でも書けそうな。
が、原画「=デッサン」が「作品」になる課程の解説を見て「なるほどな」、と。
無駄を極限まで削ぎ落としたシンプルな「設計図」を産み出す為の膨大なデッサン。
点描・ポジフィルム焼き付け・「着色しない」カラーリング技術
1枚のイラストが出来るまでの膨大なワークフロー。労力。
たかがミッフィーされど ですね。

2階へと続く階段はミッフィーの絵柄がびっしり!
えーと
本当に勉強になりました。面白かったです。
作品解説で印象に残ったのは、「青い太陽」の話。
「見えたものを本物に似せる」のではなく、「自分のイメージを自由に表現する」という事。
「太陽は赤い」という既成概念など必要ないという事。
そういう「自由」の存在。
でも、それらは技術・経験・努力に裏打ちされたものである事。
すばらしいもの、すばらしいこととは「がんばった」もの、「がんばった」ことである事。
美術・芸術の類が「大人の楽しみ」ではなく、「子供に夢を与えるもの」になり得る事。
つくる喜び、表現する喜びを知り、夢を持てる子供へ。
美術館の類、もっと子供向けにアピールして開放すればいいのにな などとも。
向かうべき方向と方法の「ニオイ」を感じました。
・・・ミッフィーから。
posted @ 08:52 feedback (1)

昨日は弘前公園に桜を撮りに行ってきました。
新聞では「6分咲き」となっていますが、実際はもっと咲いていました。
桜の花って遠くからだとふわふわ咲いているように見えますが、近づくと丸い玉のように固まって咲いています。

こんな感じ。
更に良く見ると、花が咲く部分の枝はとても細いですね。

「桜のある風景」は弘前公園ならではでとても綺麗ですが、木の姿や景色より、花そのものがイイな って感じ、「桜花」って日本語があるかどうか知りませんが、自分は「桜花」を撮っていました。
桜のある風景、桜の木とも「荘厳さ」や「威厳」を感じますが、「桜の花」そのものは可愛らしくて同じ目線で向き合えるから
って人間の小ささ露呈ジャン。
posted @ 08:22 feedback (1)
「感動する」のは感情的な事であり、理屈云々ではありませんが、
対象に対する知識のあるなしによって感動したりしなかったり、
という事は実際にあり得ます。
簡単な例であれば「酒」など。
日本酒の作り方や種類、銘柄・仕込み方、産地などを知って
味わうのと何も知らずに味わうのでは呑んだ時の感覚がだいぶ違います。
クルマなんかでもそうでしょう。
そのクルマの価値や歴史、スペックなどを知っているのとそうで
ないのでは同じクルマでも見え方・感じ方は異なってきます。
「感動するために知識や技術を身につける」
って言葉にしてしまえば何だか変な気もしますが、必要で大切な事だな、
と矛盾したような気持ちとともに思いました。
言い回しが悪いだけでしょうかネ??
posted @ 13:49 feedback (3)
先日、仕事がうまくいっておらず落ち込んでいる人と話をする機会がありました。
「アレもダメでこれもダメで・・・ 職場でもこういう状態で・・・
迷惑もかけてますね。ごめんなさい・・・ 別な所に行こうと思ってるんです・・・」
みたいな事を話してくれました。
そっか 大変なんだろうなと思いつつ、そう思っててもダメじゃん って思う自分もいて。
結果、あまり良くない気分になります。
関係が近い人とは特に悪い気分を共有してしまうものなのでしょう。
自分でいくら元気に明るくしていても、周りがそうであれば手放しで
元気に明るくしている事が難しくなります。
人にいやな思いをさせる、迷惑をかける事がイヤだなって思うのは
そういう事だと思います。
「相手がイヤな気分になると、自分もイヤな気分になるから」
ですね。きっと。
でも、その反対もある訳で。
同じ人と別件で電話で話をしました。
あるトラブルが起きたけど、話していたら解決した みたいな事がありまして、
「あ よかった-」
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
「今度また飲みにでも行きましょう!」
「いいですねー!ぜひ!」
そんな会話。万事解決 って事ではありませんが、とてもよい気分になりました。
安心 みたいな。
不安を知っているから安心の良さを感じることが出来る訳です。
不安をどう受け入れて、どう立ち向かうか・利用するか。
自分だけで咀嚼できないのであれば人に甘えるのもいいでしょう。
それがどういう事なのかを知り、他の誰かに甘えてもらえるような人になっていければいいな と思います。
かく言う私めも家族をはじめ皆様方には随分と甘えさせて頂いており、
(中略)随分上からモノ申している様で恐縮です。と謙虚なフリ。
posted @ 09:17 feedback (0)
このところ、温暖化やエコロジーなんて事が叫ばれていて、極地での異常な温度上昇の話やテレビ番組が流れています。
温室効果ガスとやらで放熱できない地球は気温が上昇して云々・・・
「人間」の視点から見れば、「壊れ始めている現在」は「問題がある」状態なのでしょう。
でも、「自然」の視点から見れば、「再生」の為に「今現在の悪い状態を壊して無くそう」としている状態であって、つまりそれは「自然にとって、地球にとって、よりよい状態」になる様に変化をし続けているに過ぎません。
だから、何が起きても起きなくても、ただ受け入れるだけ。今、すべき事をただするだけ。
自然と地球にとっては都合の良い変化が、人間にとって都合が悪い、という事であれば共存の方法を考えてそうすればいいだけ。
だったら、尚更、「なるべく楽しんで」そうした方がいいですね って決まり文句でツマラナイですか?
posted @ 00:11 feedback (0)
写真を載っけたり、写真の撮り方とかそういう系のサイトを作りました。
「together with EOS」
EOSといっしょ っていうサイトです。
http://lenz.exe-cute.net/
例えば、コンパクトデジカメで綺麗に写真を撮るコツや、キットレンズで「ぼけ」を作る方法みたいによく聞かれる事を載せていこうかな、と。
ぜひご覧くださいまし♪
posted @ 08:26 feedback (0)
ものを産み出す事、「創造」するために一番大切なのは「想像」する事だな って、あ 同じ字だ 韻踏んでるyo ってふと思ったので書いてみたyo
自分の経験では「曲を作る、メロディーを産み出す」為の「想像」が一番難しいものでした。
「これいいな」って思ったものがパクりになっている事しばしばで。
システムを作る為に出来上がりをイメージする、ホームページのデザインをイメージする、
お花を活ける時の出来上がりイメージも、それを写真に撮った時のイメージも、
泳ぐ時の姿勢も、人と会うという事も。
よいイメージを描き想像するためには、たくさんのよいものを見たり聞いたり
とにかく経験して引き出しを多くする事と、そこに「アクセス」できるために
素直でいること。
素直でいるってのは、素晴らしいものを妬まないって事。これも大事。
よいものと対峙して、「負けないぞ」って思うのと「たいした事ないな フン」って
思うのは似ていて異なる事。後者だとよいものが自分の中に入らないし
入っていても出せません。
つまり よい想像は、よい人生の源 ってそういう事でしょうかね。たぶんきっと。
posted @ 09:55 feedback (0)
「かぐや」が撮影した地球の映像です。
http://space.jaxa.jp/movie/20080411_kaguya_movie01_j.html
新聞に載ってたので、ネットでも出てないかなったらありました。
素晴らしく青くて美しいです。
「地球は青いんだよ」
っていう先入観ナシで見ると感動!!
人間がいいだけ汚して温暖化になったりしてもこの美しさ。
地球は寛大。大物です。
posted @ 08:59 feedback (0)
知識を得たければ検索して、書いてる文字を頭に入れたり人に伝えたり、コピーしたりすればいい訳です。
でもそれって「味気がない」な、と。
間違いが無く入り込める余地のない「完全な知識」「正しき言葉」より、少しくらい間違いが入っている「知識」や「言葉」の方が味があるよな、と。
という事でワザとまちがッテみたりし手。
posted @ 20:23 feedback (0)
プールの天井が落っこちた話、新聞にも書かれていて、関係者の話だと「復旧まで2ヶ月はかかるだろう」との事でした。
水泳教室の時期がズレるのは当然として、当該プールのスイミングクラブでコーチを努めている方は大変でしょう。
今日、別なプールに行ったらそのコーチがいました。
「リハビリですよ!千代谷さんも頑張ってね!」とお言葉を頂きましたが、コーチは「しばらく仕事できない」状態になる訳です。
いつも(天井が落ちたプールに)来ていた人も、今日は別なプール。
「遠いなー!こっちのプール」 と。
それでも、
みんな「泳ぐ」為にプールに集まっている訳です。
場所が変わっても、泳げる場所があればそこで「泳げ」ばいいだけで。
いつも来ている所とは違う場所で、いつもの仲間と出会えて、一緒に泳いだり、天井が落ちた話をしたり。
復旧したら復旧したで、「直ってよかったね」なんて話しながらやっぱり泳ぐんだろうな。
時々、こういう「刺激」もいいものだな って思いました。
これが「刺激」ではなく「災い」だとしたら、同じ事が雪が深い季節に、しかも夜中ではなく日中営業中に起きていたはずです。
日々精進 と言えど、マンネリになってしまえばつまらないもの。
だから、時々「刺激」が与えられる訳ですね。
復旧したプールで、いつもとは違う形で、しかもチームの新デザインキャップお披露目も兼ねて、仲間と再会するのも楽しみだな って思いました。
posted @ 20:15 feedback (0)
綺麗な風景、野に咲く美しい花、自然の中での季節感
先日、登山を趣味にされている方がそんな話をしてくれました。
「もう少しすればチングルマ(変な名前?)が群生して咲いて、すごく綺麗だよー」
別な方からは、ある湿地帯(?)の美しさを教えて頂いたり、よく山に行く友人から
「水芭蕉きれいだよ」と聞いたり。
でもやっぱり聞くだけではそれがどれほど綺麗なのか、いいものなのか
さっぱりわからないので、今年の夏は登山チームに加わってみる事にしました。
今時点では、「自分」と「山や自然」はあまり仲良くないかも知れませんが、
少し仲良くなったら「彼ら」の見え方、感じ方が変わるかも知れません。
そうなった時にどんな写真を撮れるのか、とても楽しみです。
よいもの、本物に触れる、見る、感じる って事。とっても大切。
(山に行ってから宣うセリフですが)
posted @ 20:20 feedback (0)

チューリップ。
葉がどんどん成長しています。明日には花が咲きますか?くらいの勢い(気持ちだけ)
球根を植えた時は等間隔のつもりでしたが、なんだかバラバラの様な・・・
隙間を別な花を植える事で埋め合わせたりして、花壇ごとフラワーアレンジみたいなのもイイかも知れない!と閃きました。
となると、ブロック塀を取り壊してラティスの柵 んー 冬は大丈夫か? 要検討
posted @ 20:45 feedback (0)

知人のところで、男の子が産まれた! という事で、アレンジを作って贈りました。
男の子用という事で、水色と紫のデルフィを選択。(一度、こんな風に使ってみたかったのです)
事情により、多少地味めな雰囲気で作ってみました。
(あんまり地味でないですか?「派手ではない」という事でひとつ)
3100グラム 予定より1週間早かった、との事。
抱いてみたら、しっかりした感じの元気な赤ちゃん。
産まれて間もない割には、いろんな表情を見せてくれました。
すくすくと元気に育ってほしいものですね!おめでとう!!
posted @ 20:37 feedback (0)
謙虚さと自信のなさ、傲慢さと自信。
似ているけど全く違うもの。
自信を持った行動のつもりでも、実は傲慢な行動であったり、
謙虚に振る舞ったつもりが、自信のない振る舞いになっていると、
人間関係をしくじったりします。
では、どうすれば「自信」を正しく表現できて、どうすれば「傲慢」な表現になるのか。
それは、それらを「分別」するという事。
では、「分別」するにはどうすればいいか。
それは、「失敗する」事。
失敗が大きければ大きいほど、「分別」する力が身につくのだと思います。
取り返しのつかない人間関係の破綻や、許してもらえないであろう失態をやらかす、
という「経験」をする事以外で「分別」する力は身につかないでしょう。
つまり、
分別できない人は、失敗をして、
失敗する事で分別できる様になる、と。
つまり、
分別できる人は、たくさんの失敗を経験した人であって、
そういう人になる為には、たくさんの失敗を経験すればいい、と。
つまり、
行動した結果が、成功でも失敗でも、無駄にはならない、と。
むしろ、
失敗する方が、成功するよりも、得るものが大きい、と。
即ち、
世の中、「やった者勝ち」ですね。
それは、夜中に会社で一緒に酒飲んで机を蹴飛ばして暴れていた
「アツいバカ」とともに、ずっと信じている事。
posted @ 09:19 feedback (0)
約2週間で2.5kg減です。
「減量」とは違うので体力・筋力とも維持というか向上。
バタフライ1km+他1kmくらいは泳いでる状況
あと2kg程度減らせばベストな状態!
・・・天井、早くなおして下さい。
チームのキャップも出来たのにさ 高かったのにさ 大会中止だったらどうすんのさ ブツブツ
posted @ 22:30 feedback (0)
しばらく使えないそうです。ぬー残念。
次の教室までに復旧すればいいな。
で
突然先日のイベントを振り返ってみたり。
「映画映らなかったらどうしようか」
「音が聞こえなかったらどうしようか」
「スライドが映らなかったらどうしようか」
そんな事ばっかり考えてました。
つまり、「制作」は予定通り。「実施」時のリスクを考えていられた、という事です。
システム屋的な話に置き換えれば、「開発」は予定通り、「運用」時のリスクだけを
考えればいい状態だった、と。
だから次は「バックアップ」を準備しておこう って思いました。
具体的には予備PCを1台スタンバっておく って事。
自分の「仕事」として考えればそんなところです。
チームとして考えれば、まずは「いつも笑顔」の明るくて優しいリーダー。
会場と交渉して段取りまで取りまとめ、アドリブもできる「仕事人」な司会役。
黙々と3人分くらいの仕事をこなすお花のアシスタント。
当日、スタッフを気遣ってみんなのお昼ご飯を作ってきてくれる人、
誰とでも打ち解けて話をして和やかにしてくれる人、スムーズな受付、
んー 適材適所。
「いろいろ問題ありましたよー」と聞きましたが、かなりレベルの高いチームワーク
だったな と思いました。良かった。楽しかった。打ち上げの酒もうまかった。
写真に写っていたスタッフとお客様の笑顔が何よりの「結果」だと感じました。
だからこそ、次はよりよいものになるよう、尚更がんばるゼ! と。
とか言いつつ、ここに書けない大失態をヤラカシた自分にガックリだったり・・・
ま 明日があるさ♪
posted @ 00:51 feedback (2)

季節外れですがカッコイイチョコレートシリーズ(?)
薔薇のカタチのチョコレート「メルシーローズ」。
和製ですが原料は「おフランス」ざます との事。
まろやか上品なお味でございました。
なによりもこのパッケージング。
包装紙のバラのプリント、ふわふわのリボン、柔らかいRを
描く器、全てがたおやかな曲線で作られたまさしく「女性らしい」
エレガントな逸品ざます。
バラの造形より、「想いを伝えるもの」としての雰囲気を
伝えたく、全体図&前ボケでふわふわで撮ったざます。
「おぉ・・・」っていう感じが伝われば幸いざます。
posted @ 00:16 feedback (2)
今日から写真の教室に通い始めました。
初心者向けかと思いきや、先生がいろんな話をされた後、写真を見せられて
「この写真はどうやって撮りますか?」と。
生徒の一人が
「20くらいギリギリに絞って、山際の雪で露出をロック。月の写り具合から1分くらいのシャッターですかね」
と、全く初心者レベルではない回答。
解像感から絞り20ではなくって開放に近いのでは?と、シャッター1分だと月が動いちゃうかな? と思いましたが答えられませんでした。(正解だったのですが)
いやいやほんと良かったな って思いました。
写真を撮るための技量・知識はそれなりに必要ではありますが、写真表現でもっと重要なのは「そういう手段を持って何をどう撮るか」だろう って思っていた通り、先生曰く「出会い(被写体との)が8割」。
「2割」の技量を教えてくれるだけの教室ではなかった、という事です。
撮った写真を誰かに見せても「綺麗だね」「上手だね」としか言われないと、進歩しているのかどうなのかさっぱり解りません。写真だけではないですが。
それを言ってもらえる人に「出会えた」という事。よかった。
11月には写真展への出展もあるとの事。
初めての写真展の被写体はやっぱり「花」でしょうね。
そこを目指す事は、たぶん、写真だけではなくお花やデザインに対する感性を磨き養う事にも繋がるかも知れません。
がんばろう!!
posted @ 22:03 feedback (0)

大苦戦しました今日のお花。二人座りのテーブル花。
「二人で座るから正面から見られる事は無い」って思い込んだらグダグダに。
2時間くらいを要してようやくできあがり。
しかしよく2時間も集中し続けていられますね って自分に感心して満足しておきます。
posted @ 00:21 feedback (0)

いやいや26年ぶりです。
まだ寒い十和田湖。乙女の像ですね。
昔に見た時と感じた事は違いました。
でも、ひとつだけ同じだった事は「怖さ」を感じた事。
神々しさ 威厳 強い意志 みたいなものでしょうか。
だからこそ、「乙女」という「容れ物」に納めたのかもしれないな なんて思いました。
鏡像ではないところもミソ。
作った人の意志・気持ちなど、ホントのとこ解りません。
ただ、感じたままを素直に受け入れる って事。
そうそう ビュフェ師匠から学んだ事ですね って何とかのひとつ覚え?
posted @ 00:13 feedback (0)
