
食べたものをひたすら記録するというダイエット方法が紹介されていました。
コレステロールを下げる薬を服用している手前、食べ物に気をつけてみようと思い立ち、1週間くらい前から始めています。
で、システム屋さんなので、紙に書くのではなくデータとして入力して、カロリー計算まで行ってくれる仕組みを作ってみました。
なるほど
画像は1日目のリアルなデータです。
ちょうど「家族の日」(夜は仕事をしないで家族団欒)だった事もあってか、夜に食べ過ぎ&飲み過ぎ。
夕食後に1,354kcal摂取ってバカじゃねーか と。
記録すると省みる事が出来る様になります。
「あー これってこんなにカロリー高いんだ」
「夜に食べ過ぎてるな ダメじゃん」
「思った以上に間食取ってるな」
などと。
よって、開始から2日で計算上の消費カロリーを下回る食事量となりました。
効き目あるかも ですね。
「2日に1ぺん飲み」週間で取得した悪い脂を削るためにもしばし精進!
あ、画像のシステムが欲しい方は差し上げます。
posted @ 12:31 feedback (2)
小さい頃の作文の話。
子供の目から見た「影」の世界。
オレンジの夕陽の光とともにある「影」。
人の形をした「影」は、それぞれが意志を持ち会話をしたりする。
もちろん空想の話。
でも、そんな空想の世界でも、住人としてそこに入り込み、耳を澄ましたり目をこらしたりすると見えてくるもの、浮かんでくる世界があって、それが小説家としての自分の原点だ、と。
すごく面白いな と思いまして。
自分の中の世界。内なる自分の世界。
自分のこころと向き合い、静かに耳を澄まして目をこらすと、実際に見えて感じることができる世界がある訳です。恐らく誰でも。
もちろん、ただの空想かも知れないし、ただの願望・理想なのかも知れません。
でも、今まで考えたことすらなかった「自分との向き合い方」でした。
早速、自分の中の空想チックな世界にアクセスを試みたところ、こんなカンジ。
何もない静かでほの暗い世界。
誰もいない。
自分の姿すらない。
夢でよく出くわしている場所の様な気がする。
やがて朝もやが立ちこめる山の中のような場所へ。紅い朝日が美しい。
道がある訳でもないのに、神社か寺のような建物を見つける。
目を閉じた老人が腕を組んでこちらを見下ろしている。
彼は自分の事はもちろん、この世の全てを悟っており、神の様な荘厳さと威厳を放つ。
褒めもせず怒りもしない。何も言わない。ただ目を閉じたまま。
でも、自分は何をすればいいか知っている。彼の意志も知っている。
「そうする」と決めてこの場所から旅立った事を思い出した。
今はまだ旅の途中。ここに帰ってくる時ではない。
すべき事はまだまだたくさんある。戻らなければ。
場所が変わって研究室で何か調べ物をしている自分。
この時、初めて自分の姿が見えた。
薄気味悪い様な・・・ ブログ向きで無い様な・・・
でも、(憶えているはずのない)夢で見たような世界とカブる事や、時折自分に対して「それでいいのか?」「次はこうしろ」と厳しい指示を与える自分自身(?)と目を閉じた老人の印象が重なる事など、確かに自分のこころの中の有り様が見えた気がしました。
何かの役にたつ かな??
posted @ 22:50 feedback (0)
久々にクロールをイイカンジで泳げるようになってきました。
全てをバタフライに捧げて(?)いたため、他の泳ぎはメタメタでした。
ポイントは「リズム」。
バタフライのそれとは全く違う「リズム」。
うまく水の上に乗っかり続けるようなリズムをキックで作るような。
あと、「かき」より「のび」。
キック→のび→かき みたいな順番。
キックを入れる泳ぎの場合、視線はまっすぐ下よりは少し前で、2軸に乗る感じの方がリズムを作りやすい。
以上、備忘録。
posted @ 08:37 feedback (0)

完成は遥か先ですが、デアゴスティーニ「太陽系をつくる」。
少し前に、「ロマンティックってどういう事??」 と考えた事がありましたが、そう こういう事でした。
果てしない宇宙 でっかい宇宙 地球の起源 宇宙の起源・・・
宇宙から見ればゴマ粒以下の銀河系の中の太陽系の中の地球という星の、日本という小さな島の上のある寒い地域に自分は存在しています。
地球は宇宙空間に浮かんでいて、ものすごい速度で動き続けて回転までしているのに、宇宙空間に投げ出される事なく地に足がついている という事自体、とても不思議で自分にとっては大問題で深い興味の対象です。
重力があるから? そもそも重力って何?? 引力とどう違う? 重力子?グラビトン?素粒子?超ひも理論?
世の中の事、物理世界の事、わからないことだらけです。
科学なんて宇宙の有り様の極々限られた一部しか解明できておらず、実際のところ、宇宙の真実・真理を知り得る術などありません。
すげーな 宇宙 でっかいぜ 宇宙
変な歌みたい
posted @ 22:59 feedback (0)
例えば駐車場、狭い交差点でのすれ違いなど、ドライバーと目が合うとだいたい「怒って」います。
「自分に優先権があるのだ」とでも言わんばかり。
そんな不和が、連鎖的に次の不和を産むのでしょう。
「怒って」いるドライバーは、きっと誰かにそういう扱いを受けたから。
「やられたから報復するのだ」
なんて思いからは、やっぱり同じような思いしか産まれない事でしょう。
「怒る運転手」は自らの狭苦しい人生の縮図を露呈している様なもの。
大の大人の分際で、人間の小ささを精一杯アピールしている訳です。
逆に、「どうぞ~」と親切に道を譲ってくれる方もいます。
そうされた側も、そうした側も気分が良いもの。
された側は
「誰かにもそうしてあげよう」
と、プラスの連鎖を生む訳です。
そんな風に振る舞える人は、同じように譲り合い与えあえる
人間関係の中で幸せな人生を歩んでいる事でしょう。
たぶん、社会貢献 ってそんな事。
大きくて見栄えの良い事ではなく、誰でもできる地味で暖かい事。
どちらが良いか、ったら 後者が良いに決まってます。
誰でもわかること。
どちらが得か、ったら やっぱり後者です。
こんな事、わからない人などいないでしょう。
でも、「怒る運転手」の方が多いのが現実。
大人、しっかりしないとダメですね。
自分が出来る事は、後者のような振る舞いをする事 だけ。
posted @ 13:28 feedback (2)

先々週の土曜日から先週の土曜日にかけて、8日間のうち、4日間飲み会でした。
あとしばらく飲みは無い予定なので、摂生に励みます。
写真、飲みの移動中(3件目くらい?)に撮ったもの。
「××ゴールデン街 裏通り」なんて看板が出てたりして、いかにも昭和っぽい寂れた庶民的なものを感じた場所です。
今は多くの店が閉まっていて、人気も活気もありませんが、きっと賑わっていた頃があったのでしょうね。
そういう時代に飲み歩いていた訳ではありませんが、「あたたかな懐かしさ」を感じるのは何故なんでしょ。
posted @ 14:11 feedback (0)

今年も一段とカッコイイチョコケーキ。
ただ、昨年のものと味が大幅に違いまして、昨年のは食感が「ケーキ」だったのに対し、今年のは食感が「チョコレート」でした。
スポンジを生チョコレートでくるんだ様な。
チョコレートそのものは繊細な大人の味わい。
昨年はエヴァン殿のが一番おいしいな と思いましたが、今年はこれが一番でした。

横向きも載せてみたりして
posted @ 13:34 feedback (4)

くまのマカロン。チョコクリームをはさんでいるのでしょうか。
カワイイ~ ですね。
でもこれも撮影直後、秒殺でした。
タイミングよく援軍までいたため、瞬く間に群衆に襲われ、触れる事すらできず・・・
とてもおいしかった という事なんでしょうね。たぶん。
posted @ 13:28 feedback (0)
実はチョコレート菓子の中で一番好きなチョコフレーク。
チョコフレークとは違いますが、まさしくそんな食感。子供も喜ぶ「さっくり食感」。
それよりオシャレな容れ物がイイですね。

昨年、この容れ物と同じような形をした、陶磁器のボンボニエールを撮影させて頂いたことを思い出しました。
少々痛んだ花をちょこっと活けておく事も出来るなー などと思ってみたり。
posted @ 13:26 feedback (0)

ヴァレンタイン用に活けたお花と一緒に。
箱に書かれたいた「salon du chocolat」。
早速、ネットで調べたところ、伊勢丹で開催される世界各国のチョコレートが大集合なイベント との事。
出展されたチョコレートの詰め合わせ ですね。たぶん。
一粒ずつ、国名と紹介が書かれていて、食べるのに気が引けました。

まだ新しい三脚を立てて、マクロレンズで接写!
でも 全て「普通のチョコレート」とは違っていて、今まで食べたことが無いような味ばかり。
「ぬ カビくさい・・・? これがベルガモットとやらの風味なんですか??」 みたいな。
私程度の舌では、いいのか悪いのかよく解りませんでした・・・ ゴメンネ
posted @ 13:24 feedback (0)

定番のGODIVA。
ベルギーチョコレートだった って今更知りました。
いかにも高級チョコレートな品格漂う風味。
「あー イイねー 高いねー これ」 みたいな。
コーヒーを飲みながらゆっくり なんて思っていたら、これを撮り終えた瞬間、我が家族の餌食(?)になりました・・・
posted @ 12:09 feedback (0)

ヴァレンタインデー用の店頭ディスプレイ をイメージしたお花 でした。
花選びの時に、真っ先に目に付いた真っ赤なバラ、ファンファーレが引き立つよう。
このバラ、スプレーで小振りながら凛とした存在感を感じます。(単に赤い花が好きなだけでしょうか?)
昨年の写真展の時、お花の先生から一輪咲きのものを頂いたなー なんて事を思い出しながら、ナカナカ改心の花活け。
口元のアジサイ、「たらりんこ」と活けたヘデラベリー、Rを描く器が相まって「お花が溢れる感」を醸しだして・・・ なんて活けた時に上手く話せるように精進精進。
posted @ 11:49 feedback (3)

先日の「ダイヤモンド型」がうまくできず、写真も掲載できない始末なので、同じような「三角錐」にチャレンジしました。相変わらず時間がかかりましたが、なかなか上出来!
感想:上手にできました
点・線・面の表現のしかたなど、基本は大事ですね。
posted @ 11:11 feedback (0)
昨年からシステム開発の仕事が多く、最近もシステムを作ったりしていました。
デザイン系、IT支援系の仕事も多く、力を入れていますが、システム作りの時の自分はチョット違ってて自信に満ちあふれています。自分を信頼し切ってる感覚 と言えばいいでしょうか。
で、ふと、システム作り、即ちプログラミングを始めた頃の事を考えました。
もともと、何かを作ったり画を描いたりする事が好きで、思い描いた空想の世界を表現できる「漫画」に興味を持った時期もありました。
やがて電子ゲーム・ファミコンなどというものに出会い、すっかり虜になり、ゲームばっかりやってた頃、パソコンと出会った訳です。
パソコンでゲームが出来る。それを自分で作る事が出来る。ゲームだけでなく、ゲームをするために必要な画や音楽も自分で作る事が出来る。
その時、コンピュータというものに「何でも出来る」という憧れめいた、夢っぽいものを感じたのだと思います。
今でこそ、「ITで出来る事は限られている」なんて大人っぽく宣っていますが、実は割と最近までコンピュータというものに対して当時のまま「何でも出来る道具」って思っていた気がします。
あらゆる事、萬の事は自らの人生の中にあるのであって、「コンピュータの中」にあるのではない。
「なんでもできる」のは今生きているこの世界であり人生であり、「なんでもできる気がした」コンピュータの世界も実はその中のひとつだ、と。
数年前から言われている「ITバブルがはじけた」という状態は、実はそんな気づきの事だと思います。
それは善い事で正しい事。素晴らしい気づき。
世界も人生も理論だけでカタがつくものではありません。
「何でもできるコンピュータ」という夢は終え、「自分の役目」を成すうえでのひとつの「強いちから」として使い、磨いていこうと思いました。
論理的な思考、実世界のロジック化、複雑な論理の組み立て作業は自分の特技。
強い自信を持てる自分の要素として、これからの人生に役立てるべきもの。
えー っと
仕事します。
posted @ 10:53 feedback (0)
少し前に、「HPにblog加えてみませんか~?」という事で某ショップのHPにblogが追加されました。
「仕事とは全然関係なくっても、自分の好きなこととか書いてみればイイですよ」
と話した通り、仕事とは全然関係ない事が書かれていまして。
最近、その事に対するコメントがポチポチと付き始めました。
他愛ない「あっそうなんだ~」くらいの事なのですが、なんかイイな って嬉しくなりました。
「blogで儲けよう」なんて本が店頭に並ぶことを不思議だと感じない昨今だからこそ、「利害のない人間関係」が実に爽やかに感じました。
posted @ 23:38 feedback (0)






