たまたま、ある小説家が書いた記事を読みまして。

小さい頃の作文の話。

子供の目から見た「影」の世界。
オレンジの夕陽の光とともにある「影」。
人の形をした「影」は、それぞれが意志を持ち会話をしたりする。

もちろん空想の話。
でも、そんな空想の世界でも、住人としてそこに入り込み、耳を澄ましたり目をこらしたりすると見えてくるもの、浮かんでくる世界があって、それが小説家としての自分の原点だ、と。


すごく面白いな と思いまして。

自分の中の世界。内なる自分の世界。
自分のこころと向き合い、静かに耳を澄まして目をこらすと、実際に見えて感じることができる世界がある訳です。恐らく誰でも。

もちろん、ただの空想かも知れないし、ただの願望・理想なのかも知れません。
でも、今まで考えたことすらなかった「自分との向き合い方」でした。


早速、自分の中の空想チックな世界にアクセスを試みたところ、こんなカンジ。




何もない静かでほの暗い世界。

誰もいない。

自分の姿すらない。

夢でよく出くわしている場所の様な気がする。

やがて朝もやが立ちこめる山の中のような場所へ。紅い朝日が美しい。

道がある訳でもないのに、神社か寺のような建物を見つける。

目を閉じた老人が腕を組んでこちらを見下ろしている。

彼は自分の事はもちろん、この世の全てを悟っており、神の様な荘厳さと威厳を放つ。

褒めもせず怒りもしない。何も言わない。ただ目を閉じたまま。

でも、自分は何をすればいいか知っている。彼の意志も知っている。


「そうする」と決めてこの場所から旅立った事を思い出した。

今はまだ旅の途中。ここに帰ってくる時ではない。

すべき事はまだまだたくさんある。戻らなければ。


場所が変わって研究室で何か調べ物をしている自分。

この時、初めて自分の姿が見えた。




薄気味悪い様な・・・ ブログ向きで無い様な・・・

でも、(憶えているはずのない)夢で見たような世界とカブる事や、時折自分に対して「それでいいのか?」「次はこうしろ」と厳しい指示を与える自分自身(?)と目を閉じた老人の印象が重なる事など、確かに自分のこころの中の有り様が見えた気がしました。

何かの役にたつ かな??

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