ものを得たいと思ったら相応のお金を払わなければならないし、速く泳ぎたいと思ったらキツめの練習をしなければなりません。もっと合理的に仕事をしたいと思ったら、慣れた今のやり方を替える必要がありますし、新技術を得るには本を買ったり調べたり勉強をする時間が必要です。
得てしまえば、「やって良かったな」って思えますが、得ようとして「踏み出す」のがたぶん一番難しい部分なのでしょう。なので、だいたい「得た時」は「もっと早くやれば良かった」って思います。
初動が遅いのか度胸が無いのかはたまた楽をしたいだけなのか。
グズグズしていると下方向にしか進まない って解っていても、「仕方ない」なんていう「自分に言い訳システム」のコマンドが実行されたりもします。
「自分の弱さ」とはそこにあるんだな って思いました。
あ この話はアレです。
いい加減「web標準」を意識したHPの仕事をしよう、と思い、本を買ったり調べたりしてみたら予想以上に合理的なやり方や、副産物としての技術を得られたりしたので、「こんな事ならもっと早く取り組んでおけばよかった。従来のやり方に拘り過ぎるのは良くないね。ウン」って思った という話でした。
「最近MSダメだな」という所感は、「他に目を向けようね」の意味だったのね、と。
posted @ 08:19 feedback (0)
それ、すごく嫌いです。
そういう関係を要求されても応じたくないです。
仕事でやむを得ず、どこか知らない会社なんかにメールで問い合せるのも本当は嫌です。
ITはコミュニケーションの手段ではありますが、あくまでも補助的なものであって、本質的な人間関係を築くためのものではありません。
いや 某K社の対応があまりにも不誠実だったので イラっときた みたいな
posted @ 12:07 feedback (0)
昨日、日本一のショコラティエのお店「Strawberry Square」が青森に開店しました。
日本一のチョコレートを贅沢に使った紙のケーキはまさしく至高の極み。
ぜひ一度ご賞味下さい!
同店のチョコレートケーキは何と5万円!!
値段もびっくりですが、味もびっくりです。たぶん。
いや これ 子供のケーキ屋さんごっこ用に考えたネタですが。
写真も無断で使ってますが。(スイマセン)
うちの子供+友達の子供が「折り紙で作るケーキ」を買った様で、帰り道に「ケーキ買いに来てね」と誘われたので、運転しながらその「ケーキ屋さん」の構想を練っていたのです。
「ケーキ屋の名前何にする?」
「えーと」
「何のケーキ好き?」
「イチゴのケーキ 三角とか四角のやつ」
「三角ってトライアングル 四角はスクエアって言うんだよ」
「じゃあ イチゴトライアングル」
「ストロベリースクエアだとどお?」
「かっこいい!それにしよう!」
「店長誰やる?」
「いつオープンする?」
「何がおすすめなの?」
「お店出すならチラシ作るよ 写真撮らせてね」
「チラシ作るのもお金かかるんだよ」
みたいな会話。
昨日オープンの割には、まだケーキ制作中ではありますが、どうせ「ごっこ遊び」をするのであれば、他ではできない「ごっこ遊び」もイイな なんて思った次第でした。
友達を連れてくるにしても、本格的なパンフレットなんかがあるとハクがつきます。勉強にもなる かな??
個人的なBBQやキャンプなんかでもチラシとか作ってみようかな と。
HPをブログなんかで簡単に作って、その時の写真を軽くアップ ってのも楽しいですね。次につながるし思い出になるし。
posted @ 10:03 feedback (0)
6面なんてできっこない、と思っていたけどやればできるジャンって少し前に書きましたが、こういう事、たくさんあるな と思いまして。
また、できない と思っていた事も、身近な誰かが出来るようになると、自分も出来るような気がしてきて、実際できたりする事、よくあります。うちの奥様も、ルービックキューブ6面出来るようになりました。
思えば、水泳も。バタフライなんてできる訳無い、と思っていたのが、今は一番得意種目です。
運動が苦手で体力の無い友人を誘い、「バタフライできるように練習だ」なんて言いつつ内心ムリだろうと思いつつ、気付いた頃にはバタフライどころかメドレーを完泳できる程になっていた事など。
不格好でも出来るようになる って信じて、不格好でも出来たイメージを描いて取り組めば、大抵の事は出来るようです。
それ、人生の全てにおいて言える事。
誰しも思い描いたイメージ通りの人生を歩んでいる、と言う事。
posted @ 09:41 feedback (0)
VISTAはダメだなんて言っても、ITを席巻しているのは結局Microsoftである事はここ10年以上変わっていません。
自社業務マネジメントに対して徹底して自社プロダクトを利用・開発し、自社業務モデルそのものを商品として提供し続けているスタイルは昔から変わっていないと思います。
その「やり方」は非常に共感できるものでした。
システムとは「仕事のやり方」そのものです。自社のやり方、自分のやり方をベストプラクティスとしてシステム化・プロダクト化する行為は非常に筋が通っていると思います。
以前に務めていた会社で信じて実践した事そのもの。規模が違えど芯は同じ。
世間はMicrosoftを叩きますが、自分は敬意を抱いていました。
が
VISTA登場のあたりからでしょうか。何かおかしい と感じ始めたのは。
VISTAがおかしいのは承知の通りです。業界の人でなくても「Windows meの再来」である事を感じ、言葉にしている人を何人も見ました。
WindowsServer2008登場。仮想化の波に乗り、VMwareの様にホストOS無しで仮想OSを稼働できます。稼働させるためのコアとしてHyperVを提供。
なんて事を聞いて同OSの導入を考えましたが、あるセミナーで「HyperVは7月頃正規版がリリースされます」との事。しかもMicrosoft社の人の発言。
昨日、同氏と話す機会があったので、再度訪ねたところ「HyperVは年内に登場する とは思います」と弱気な発言。
尚、同OSでは.net framework 3.5をホストできる様です。既に発売され、自分も使っているVisual Studio 2008の標準的なプラットホームになります。
HyperVの無いWindowsServer2008はまだ「未完成品」的な感じなので、WindowsServer2003でも.net framework 3.5をホストできなければダメそうなものですが、現段階では出来ない様で、これに対する問いかけに対してもはっきりした答えを得られず。
それだとリリースを控えるSQL Server 2008のプラットホームに対しても疑問を抱きます。
またモバイルの開発機能が削除されたVisual Studio2008。VS2005と平行で使えば良いのか。
Silverlight2はいつ正規版になるのか。Expression2もいつ正規版が出るのか。
WPFを使った3Dデスクトップや全く新しいGUIは使える様になるのか。次期OSまで待ちなのか。
新しい大きな波が来る前兆なのかも知れませんが、あまりにも混沌としているな、と感じました。
大丈夫かMicrosoft!? 打開策はゲイツ氏現役復帰とか?
posted @ 06:28 feedback (0)

昨日のお花、テーマは「カレーを活ける」
いや、冗談です。
野菜や果物と花を一緒にディスプレイする感謝祭のアレンジだったのですが、最初に目に入ったニンジンと玉ねぎとじゃがいもの印象が強すぎて、「カレーを作るぞ!」というイメージのまま活けました。
ディスプレイ系は敷物との兼ね合いや一体感の出し方が今ひとつ慣れておらず、苦手なのですが「おいしいカレーを作ろう」のイメージのまま活けたらなかなか楽しめました。
「フォーカルポイントはどこですか?」
「にんじんです」
フラワーアレンジは「自由さ加減」が楽しい!
カレーの話はしていなかったのですが、作品を見た生徒さんに「カレー作ろうって感じですね~」「カレー食べたくなった」なんて言われて、「おお!伝わった!」と、嬉しくなりました。
ものがカレーなので、お洒落もヘッタクレもないのですが、イメージが伝わると嬉しいものです。
実は、おとといくらいに「リベンジカレー」というタイトルで日記を書いたのですが、ネット接続不具合により、書いた記事が消えてしまいまして。
その昔、カレースパイスをたくさん収集して、「店のものよりおいしいカレーを作る」事を目標に、ちょくちょくカレーを作っていた時期がありました。
結果、市販のカレーすら超える事が出来ない、という事で究極カレー制作は幕を閉じたのです。
が、先週の金曜日、デミグラスを使ったキーマカレーのレシピを見かけたので、その昔に編み出した(?)技を加えて作ってみたところ、初めて「すごくおいしい」と思えるカレーが出来たのです。
玉ねぎみじんを炒めながら、クミン・ターメリック・コリアンダーを炒めつつ玉ねぎと混ぜ、玉ねぎの原型が無くなってきたら挽き肉を投入。塩こしょうで味を調えつつさっと炒め、赤ワイン・デミグラスソース・トマトケチャップを加えて軽く煮込み、香り系スパイスで作っておいたガラムマサラをチャチャっと加えたらおいしいキーマカレーの出来上がり! グリルしておいたピーマン・パプリカ・エリンギをトッピングして召し上がれ、みたいな簡単レシピ。
そうかとは思っていましたが、日本人の口に合うカレーのベースはやっぱしデミグラスソース。
敢えてそれだけは使わないで(使えば納得できるものが作れる気がするが、安くておいしいレシピではなくなるので)試行錯誤していましたが、やっぱり「たぶんそうだ」と思うことは当たっているものだな、と。
そんな「カレー作り」の事もずっと頭にあったので、尚更「カレーを活ける」という事になった様でした。
posted @ 08:34 feedback (0)
そうされた相手は、そういう態度で接した事を恥じ、低姿勢になる。
高圧的な態度は、自信の無さの裏返し。
自分の態度の情けなさを知った時、尚更自信を無くするものです。
必要以上に貶めない為にも、誠意を持って接するべきだと思いました。
そういう人を必要以上に貶めると取り乱したりするので。
ちょうど今日そういう事があったのでそう確信。
posted @ 20:23 feedback (2)
都市に近づく事だけが目標なのではなく、その土地に応じた
発展・進化の道筋や目標があると思うのです。
肥沃な土壌がある土地ではたべるものを作る事ができます。
食糧自給率云々なんて話題になっていますが、「そういう」発展の
仕方をすれば解決するかも知れません。
就職口がない、ハローワークはいっぱい、企業は雇用を
なんて言ってないで、そういう労働力を食べ物を作る事に
充てるのも良いのではないかと思います。
ハローワークに通って書類書いてだまって待っている時間が
あれば、庭に植えた野菜に水を与えたり雑草を取ったりする
事ができます。野山に行って山菜を摘んでくる事もできます。
農業は儲るかどうか でなくって、生きるために自分で食べる
ものを作ったり採ったり、その為に汗をかいて働く事の尊さ、
人間らしさ。もともと日本人はそういう民俗で、そういう血が
受け継がれていると思います。
何故、お金を得るか。それはまず「食べるため」。
食べる事さえできれば、お金が無くても生きていけます。
文化の発展や夢云々はその次です。
働かなくても食べていける不健全な平和を作るのではなく、
働けない人の力をたべるものを作る事に投じられる世の中に
なればいいのにな って思いました。
自分、何できるのかしら?
posted @ 07:57 feedback (0)
先日、ある方が、
「写真とかをHPに載せたりビデオに載せたりする時って、撮るときに 出来上がりをこういうイメージにするとか、こういうストーリーにする ってものが無いと全然だめですよね。だから仕事のものは手が空いてるからと言って、友達やお客さんに頼めないんです」
というような事を言われてまして。
仕事用の写真やビデオを撮らせて頂いてる方なのですが。
そうそう。思い出しました。
以前、その方のイベントにて、参加されていた人が撮影したビデオの事。
出来上がりのイメージが無い状態で撮ったので、「ホームビデオ」の様な状態になり。
結果、DVD制作の際にほとんどのシーンをカットする事になってしまいました。
それ、写真でも花でも言える事で、「作品」かそうでないかの違いの部分です。
予め「こうしたい」「こう表現したい」というイメージが作られているかどうか。
創作しながらイメージが沸く事もありますが、どこかの偉い画家が「デッサンの無い作品は作品ではない」
みたいな事を言っていたことをふと思い出して。その通り、そういう事だと思いました。
見たり聞いたりして感情が動いたり感動した事や、人に伝えたい思い、
分かち合いたい思い、「それ」を「どう表すか」の有る無し。
たぶん、その辺はアートでも仕事でもプログラミングでも同じですね。
仕事が「ただの仕事」か「作品」かの差もそこに出る、という事と思いました。
posted @ 07:58 feedback (0)

おととい活けた寝室の花です。
彩度若干低めの花で落ち着いた感じにしたら、あまりにも落ち着いたというか暗い感じになったので、オレンジのガーベラをちょろっと見せて中和(?)してみました。

こちら開店花。
最近、花の調子(?)があまり良くないなー と思い、お花の写真をアップしていなかったのですが、良くなくても人の目に付くように公開しないとかえってダメですね。
という事で公開した次第で。
posted @ 08:16 feedback (2)
システム作り中心がホームページ中心へ、更にデザイン・写真も
含めた制作やネットワーク構築やIT庶務など、自分の仕事が多様化・変化してきました。
その中で変化・進化が遅れているものが「システム」や「インフラ」
周りです。IT屋さんなのに。
最近になり、Silverlightと呼ばれるコンポーネントが登場しました。
flashより優れた操作性やビジュアルを提供できます。
flashでグリグリ動くようなビジュアルは目を引きますが、それだけ
であって、制作者側の自己満足である場合がほとんどだ、と
そういう表現を敬遠してきましたが、最近では「手段としての写真」
が「目的としての写真」となる機会が多くなり、逆に「目につくビジュアル」
を用いたくなってきまして。
どのくらいの速度で普及するかわからないSilverlight。
でも「作品」を見てみるとflashのそれとは格が違う事を感じます。
本格的な「作品」を作る為の「勉強」に費やすべき時間は、今の仕事の
状態からは捻出できそうもありません。
だから、「仕事をゼロにしたい」訳です。
実際、仕事がゼロになる ってのは仕事が無くなるという事であって
良くない事なのですが、例えで「仕事ゼロ」。
仕事ゼロにして、新しい事・新しい表現方法を身につけたい、と。
「システムを頑張る」という今年の目標は、それ(Silverlight)も含め、
新しいアプリケーション開発や新しいソフト技術を身につける、という事。
そうする為、そういう時間を捻出するには、今の仕事のやり方を変えればいいだけ。
なるべく朝早く起きて集中できる時間を作る事。
仕事のスタートが9時くらいだと、午前3時間、午後4時間、夜4時間程度の
時間割りになりますが、スタートが5時だと、午前3時間×2、午後4時間、
夜3時間程度の仕事が出来る訳です。
早朝だと電話や問い合せが無いので、集中して机に向かえます。
お客さんのとこ行く日でも確実に朝は集中して仕事ができる、と。
早起きはいいですね って何の話だっけ??
posted @ 07:50 feedback (0)
自営の事です 自営 じえい ジェイ J
いや 表記はいいのですが。
たいていの自営業者は自宅と仕事場が一緒です。
結果、親子夫婦が同じ屋根の下にいる時間が長くなります。
その事のためにこういうスタイルで仕事をしている訳ではありませんが、少し前に誰かがそんな事言ってて、ああそっか と思いまして。
うち、法人ではありますが、働くスタイルは自営業者です。
そそ 会社でないよな 自営だよな うちは って。
家族と一緒にいる時間が長い事
それが、「自営」というスタイルで働く事の中で、一番幸せな事。
posted @ 20:08 feedback (0)
X Japanの復活ライブ、wowwowで放映されるとの事だったので、「6月末まで1,280円」のプラン(?)でwowwow加入。HD録画して部屋を暗くして眺めました。
10年という月日。
ヴォーカルはアッチ行っちゃうわ、ギターは死んじゃうわ、惨憺たる有様。
ヴォーカルのtoshiが
「この10年ほんとにいろんな事がありました」
って何回も何回も言ってました。くどいくらいに。
「東京ドームのデカさに腰が抜けそうになったぜ」
の言葉は真実でしょう。トップに君臨し輝いていたのは10年前。
解散の後、現在までは転々と地方を渡り歩いて、それこそ泥をすするような生活だったらしいです。
X と ドーム は、「分相応」の関係だと思っていましたが、実は歌ってる本人「腰が抜けそう」だ と。
それこそ半端なく「ドキドキする機会」だったでしょう。
腰が抜けそうでもそんな事を言う人間、バンドではなかったはず。
腰が抜ける思いを素直に言葉にできるほどの人間的な成長があったのだと思いました。
だから、10年の時を経て巡り会えたのでしょう。
ライブとしては、「腰が抜ける」言葉通り、舞台が大きすぎた感がありましたが、それよりも彼らが再会でき、またファンとも再会できた事に感動しました。嬉しかった。
俺が見えないのか すぐ傍にいるのに
彷徨い暴走する「俺」と、そんな「俺」の存在に苦悩する「俺」の存在に気づき、受け入れ、「俺」同士が向き合えたから、ドームに戻ってこれたんだろうな、と。
がんばれ! & がんばろう! って思いました。
posted @ 11:38 feedback (2)
最近、何となくルービックキューブを買いました。攻略本と一緒に。
その昔、1面か2面、時々3面くらい出来るのが関の山だったのですが。
本を見ながらですが、買った当日に初めて6面完成!!
次の日には本を見なくても6面が出来るようになり、その次の日には3分前後で6面出来るようになりました。
目標1分切り!
人間、やれば何でも出来るものですね。
「6面なんてできる訳がない。無理。」
という「限界」を自分で勝手に作っていただけ、という事の証明です。
※証拠映像(2分30秒)
posted @ 08:38 feedback (0)
と「信じる」事は自由です。
「科学的根拠が無いから」
という「裏付け」を「信じる」事もまた自由。
でもそんな科学を持ってしても「何故ものは下に落ちるのか」という日常の基本的な現象ですら解明されていません。
ほとんどのことは「不確か」であって、「正しい事」も時間とともに変わります。
そういう意味において、科学やなんたら学の類も、全て「信仰」ではないでしょうか。
宗教や哲学、なんたら思想(なんたらばっかし)も当然信仰の対象です。
即ち「何が正しいか」「正しいかどうか」ではなく、「何を信じるか」という事。
たとえば、大切な人の体調が悪い時、回復する事を願ったり祈ったりする事の「効能」が「あるのか無いのか」はどうでもよく、「回復を願うと叶う」と「信じてそうする」事。
「花は人を癒し、想いを届ける」事もまた信じてそうすればいい事。
たぶん、世の中のたくさんの人が「愛情に基づいた美しい想い」を抱き、願う事で世の中はもっと素晴らしいものになると思います。ものやチカラやお金の多い少ないで優劣をつけるのではなく。
最近、身の回りの人が亡くなったり体調を崩したりする事が頻繁に起こっていました。
たぶん、そんな事を考える機会だったのかもな、と思ったのでこんな事書いた次第でした。
posted @ 11:32 feedback (2)
昨日は久々の結婚式でした。親戚の結婚式。
受付をお願いされたり、頼まれてもいないのに写真を撮りまくってたり、イベントの時のいつものパターンだったのですが。
花嫁から両親への手紙で
「お父さん、お母さん、大好き!」
という一文。
愛されて育って、愛されたまま嫁いだんだな、と。
座席がちょうど花嫁の父親の隣だったのですが、終始嬉しそうで。
親戚の間では、どこどこと仲が悪い家だ、とか言われているらしいのですが、親も子も、家庭も素晴らしいと思いました。曇りのない美しい笑顔の花嫁、嬉しそうな両親、賑やかな披露宴、それがこの家庭の真の姿。優しそうな新郎と幸せに生きていくことでしょう。
あまり話したこともない家の方だったのですが、いろいろ話ができて、帰りにはお礼まで頂きました。会場の花もアレンジしなおして持ち帰り。
式が終わった後、娘が
「はなよめさんになりたい!」
と。女の子らしい素直な言葉。
すくすく育ってきれいな花嫁さんになれればいいね って帰りの車の中で話してました。
結婚式はいいものですね。
「親の子に対する責任とは【愛する】事だ」
いつか言われた言葉の意味を実感した日でもありました。
とりあえず
おめでとう~♪ 写真待っててくださいまし。
posted @ 11:01 feedback (0)

桜が終わったG.W.
毎年、家族全員でどこかへ出かける決まり(?)なので、横浜町へ行ってきました。
菜の花はまだ満開ではなかったのですが、それなりの人手でした。
写真、珍しく自分も写ってますね。

何故か微妙な表情の息子。
菜の花のにおいが以外にキツかったから?

遠くには風車が見えて、なかなかの景観です。
天気がイマイチで残念ですね。
5月18日、19日は菜の花フェスティバルとやらが開催されるとの事。
行けるかな??
posted @ 10:56 feedback (0)
先日、岩手の美術館を訪れた際、内容が子供向けの展示であり、また、展示対象(ディック・ブルーナ)アーティスト自身が、「子供の頃、美術館が大好きでいつも遊びに行っていた」という事で、そこからいろいろな影響を受けた事を知り、こんな風に思いました。
「現在、美術やアートの類は一部の大人の為に存在しているが、子供に夢や希望を与えるものとして存在するべきだ」
と。
昨日は十和田の美術館に行き、今日は県立美術館に行こうかな と思い、内容を調べていたのですが。どちらの美術館も「子供の事をちゃんと考えている」という事を知りました。
「自分が知らなかっただけか」
と。
捨てたもんじゃないな というか スキルも経験も勉強もいろいろ足りていないことを実感しました。
「国も役所も税金ばっかり取って何もしてくれない」
というのもまた現在の一般的な認識ですが、それも本当は「知らないだけ」なのだと思いました。
経済の仕組み、税金の使われ方、国や自治体の役割、美術館を初め、現存するいろいろな施設や公共イベントの開催場所・日時などなど。少なくとも自分はほとんどわかりません。
国も役所もやる事はきっちりやっているのでしょう。自分が知らないだけで。
「良い面」から眼を背け「悪しき面」に着目する事で注目を集めて飯を食うメディアの言うことを鵜呑みにして腹を立てるのは浅はか過ぎる事だな、と思いました。
世の中の良い面に目を向ける事は、人の良い面に目を向ける事と同じだと思います。
世の中の悪い面に目を向ける事は、人の悪い面に目を向ける事とも同じだろう、と。
希望や未来・発想の類は前者から産まれるもの。後者からは嫉妬や悪口・愚痴しか産まれません。
もっと世の中や地域の「良い部分」に眼を向け、知り、経験する事で、新しい世界が見えてきそうな気がしました。
問題意識を持って、世の中や誰かに意見するのであれば、それからだな、と。
ちなみに作品名「花のバケツ」
posted @ 10:02 feedback (0)
「自分の身の回りにいる人、付き合いがある人が素晴らしいということは、
自分自身が素晴らしいという事ですね」
昨日、スナックのカウンターで飲んでいたときに居合わせた初対面の方から
言われた事です。自分自身が成長しているのかどうか、どういう方向を
向いて生きているのかは周りにいる人を見ればわかる、と。
初対面の人にそう言われるのは、自分の中にも仕事以外の素晴らしい面が
あるという事だな と素直に嬉しく思いました。
自信をもって受け入れて、慢心しないように謙虚にしていよう、と。
謙虚でいるためには「感謝」ですね。
お付き合いさせて頂いている素晴らしい人たちに対して感謝の気持ちを表現する
という事。言葉が得意でないから、言葉以外の表現方法で。
自分が「言葉が得意でない」事の意味はやっぱりそこにあるんだな、と改めて
気付かされた機会でした。苦手な事や欠点すら意味があって与えられているのだな、と。
後藤さん(45歳)ありがとう!!
青森に来た時にでもまた!!!
posted @ 15:36 feedback (0)