Adobe製品って高いし重いしわかりにくいし で好きでなかったのですが、とうとうユーザになってしった訳です。
基本操作がMacromediaのそれとは違うので、やっぱり馴染むまで時間かかりそうです。
が、いくらか操作を憶えてみたら、なるほどな と思いました。値段の意味がわかったと言いますか。
考えていた以上にできる事が多くて、カユい所に手が届く感じです。
紙に書くよりイメージを具現化する事に適している かも知れません。
まだ初心者なのでよくわかりませんが。
それが出来るのだったら ほんとすげーな と思いました。
現在触っているソフトでイメージを紙に書くより優れるソフト は、FireworksかVISIOでしたが、そゆ用途ではたぶん凌駕してるな ってなんとなく感じました。
がんばって憶えるぞ。
posted @ 00:30 feedback (0)
今日は体調がいまひとつで休んだほういいかな と思ってたのですが、夕刻になったらいくらか回復したので泳ぎに行きました。
体調がいまひとつなので、ゆっくりペースで平とクロールを30分。
30分泳いだらさすがにイイカンジになってきたので、そこから少し勢いつけてドル平・クロールあたりを練習しました。
かなりの熟練者らしい人が2つ隣のコースで泳いでたので、エントリの仕方を真似してみたら以外にすんなり自分のものにできてちょっとビックリ。
エントリを改善したらローリングの具合が良くなった様で、2ビートでも進む様な状態にいきなりなってしまいました。
で、バタフライの方ですが、泳法のテキストを読んでストロークの練習をしてみたら以外にすんなりでした。自分の平の姿勢ほとんどそのまんまだな みたいな感じで。
キックもイメージと実際の動き(うねり?)がつながってきた感じがします。
スイム可となるまでもう少し?でしょか。
posted @ 00:23 feedback (0)
連日練習していたら、思ったより疲れが溜まった様です。
なので、今日は奥様と一緒にいって、流し気味に練習してました。
ドルフィンキックを見てもらっていた最中、子供の水泳教室が行われており、ちょうどドルフィンキックをやっていました。
子供はバネがすごいなー と思いながら見てましたが。
あせらず時間をかけないとモノにはならないかもな って今日は思わされました。
でもあきらめず頑張る!
posted @ 21:20 feedback (0)
今月の前半、東京へ行ったのですが、帰りの便の搭乗の際、手荷物のX線検査官が寝てました。
対照的に手荷物検査通過後の場所には「これが危険物!こんなの簡単に見つかるのだ!」的に、刃物類がディスプレイされていました。
思わず大ウケで大笑いをかましたら、その検査官は目が覚めた様です。
あのー テロ対策強化中ですか 寝ていても検査できるんですか
んな訳ナイダロ 何もなかったから良かったものの 反省しろ と。
JALへもこんな内容のメルを送りました。
これって ほんとは すごいオオゴトですよね・・・。
寝てる間に危険物持ち込まれて大事に至ったら何て言い訳するんだろ。
たかが手荷物の検査 ただ画面を見るだけの仕事
しかし 乗客の命を預かる責任の重さたるや
極めて大変な仕事だと思います。
それを知ってか知らずか 寝てしまう若い検査官。
たぶんモニタに写った色とか形で問題あれば警告する って仕事なんだろうけど、流れ作業・単純作業 とは違うべ と。
人事が問題なのか、教育が問題なのかわかりませんが、改善してほしいものです。
っつか 改善しないと絶対だめです。頼むぜ!
※証拠が無いだろ とか 記事を消せ とか抗議されるかもしれませんね。
でもそんな事してたらJALも雪印状態ですね・・・。
posted @ 00:22 feedback (0)
仕事が終わったのが19:00頃。
高速を飛ばして自宅についたのが19:50頃。
家からプールまで15分かかります。
家からプールに向かって20:05頃から練習開始しました。
とりあえず平・クロール・バックから始めてひたすらドル平。
何だか疲れが溜まってきたのか、調子がいまひとつ上がりませんでした。
となりのコースが空いたので、移動しようかと思った矢先、いかにも熟練者の方がやってきていきなりバタフライを開始。
ちょっと小さくなってしまいました。
気持ちが萎縮したからか調子が上がらず、今日はドル平練習程度にとどまってしまいました。
でも、クロールだけはその熟練者の方より上手に速く泳げてたと思えたのが救いでした。
昨日褒められて自信がついたからなのでしょうか。
今日はゆっくり休んで明日は奥様を連れ出して、見てもらいながら練習しようと思ってます。
また明日がんばるぜ!
posted @ 23:26 feedback (0)
夕刻、仕事が多少残っているのですがプールに行きました。
早速ドルフィンキックの練習。疲れが残ったのかいまひとつ上手に出来ません。
ドル平 と言うらしいのですが、ドルフィンキック+ブレストストロークで練習していたら、渡しの先生の所属水泳クラブの先輩の方(御歳78歳!)に声を掛けられました。
水泳教室が始まって、バタフライが出来るクラスになったので練習してる って話をしたら、
「基本がしっかりしているからすぐに出来る様になるから、あせらないで自分の良い所を伸ばした方がいいですよ」
と。
フォームは十分イイからもっと自信を持って泳ぎなさい、と励まされました。
なるほど、渡しあせってるんだな と気付き。
で、今までその方からは一度も指導を受けた事が無かったのですが、今日始めて指導を受けました。
クロールの頭の軸のブレの矯正方法や、ノビ(推進)の悪い泳ぎ方をしている人を例にとっての指導、バックのリカバリ方法とキック位置の矯正などなど。
レベルアップしたから教えてくれたんだろうなー とうれしくなりました。
肝心のバタフライについては何も教えてもらえませんでしたが、ドル平25m終えてゼーゼーしてる傍らで、同じドル平を「こうやるんだよ」と言わんばかりに、非常にゆっくり大きいフォームでやって見せてくれました。
曰く、「水泳はほんとに時間のかかるスポーツですから」 と。
水泳歴40年、現役スイマーの言葉の重みとありがたみ。
理論憶えたり、ビデオ見たり、教えてもらったり、と やっぱりあせらずひとつひとつだよな って思わされた日でした。
posted @ 21:14 feedback (0)
1時間練習したのですが、ほとんどキックの練習に終始しました。
キックだけのタイミングと、うねりの作り方(腰の入れ方?)は何となくわかってきたのですが、コンビになるとタイミングが×になってしまうので、ブレストのプル+ドルフィンキックをしてました。
先日、永峰さんという方のHP(http://hyla.jp/swim.htm)で「バタフライはしんどい!」とハッキリ言われているのを見つけ、こちらにメールを送ったところ、当該ページの完全版(永峰さんが解説する泳法の完全版)が送られてきました。
これによると、通常キックの練習から入るけど、そもそもバタフライとはブレストの改良版である事、その改良されたブレスト(=バタフライの原型)のストロークにドルフィンキックが最もマッチするという事、これらからして、バタフライのキックとはストロークに合わせて「自然に」生まれたものである、と。
もっと簡潔に言うと「バタフライはストロークさえ出来れば、キックも出来る」と。
なるほどなー です。
早速、今日もここを踏まえて練習してみようと思いました。
まずはキックから、でなくてストロークから、みたいな感じで。
posted @ 10:22 feedback (0)
50人くらいの参加者を3班に分けて、それぞれのレベルに応じた練習を みたいな感じでスタートしたのですが、渡し最強クラスになってしまいました。
最強クラスだと4種(クロール・背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ)が出来て25メートル以上できるレベルみたいなのですが、渡し、バタフライできないし、背泳ぎ最近始めたばっかりです。
で、いきなり4種の練習とターンを加えた練習なんてやった訳ですが、バタフライは撃沈 っつか全然出来ません。
ターンも満足にできず。
くっそ このやろう と思いました。
次回の教室までには、周りのレベル程度に追いついてやる くっそ と。
それでも、体力的には全然問題無かったので、最低付いていく事はできるな、と思えたのが救いでした。
で、ドルフィンキックの練習を床でやったら足指すりむいてオロナイン・・・ とほほ
それでもなんとかして足をイルカにしてやるぜ くそったれ
posted @ 23:24 feedback (0)
プータロー を英語にするとNEETになるのでしょうか?
食う為に働かなければなかなかった時代 と今は違う訳です。
今は、働かなくても食える・生きていける時代 だと思います。
なぜ働かなければならないのか?
夢を持たなければいけないのか?
目標を持つ必要があるのだろうか?
そんな問いに答えられる大人って多くないのかもしれません。
答えるにしてもどっかに書いてある様な理屈を述べるのではなく、自らの生き様そのものをもって答えるべき事だからです。
だからやっぱりNEETって、そんな「分別のない」「子供」を「叱らない」「叱れない」親が作った社会現象だと思います。
子供に目標とされる親になる事。
それが子を持つ親としての「NEET」に対するひとつの答え、課されている「責任」だと思います。
posted @ 15:10 feedback (0)
昔聞いてた音楽を聴くと、ふとその頃の思い出が蘇ってくるアレですね。
最近、気付いたのですが、昔聞いてた音楽 から その頃の思い出・感情 が蘇ってくるのは最初だけで、何回もその音楽を聴くと、そうは思わなくなるみたいです。
その原理(?)を応用(??)して、幸せな時に昔のツラかった頃の音楽を聞き込む事で「ツラかった」思い出の感情が「今」の「幸せ」な感情に置き換わって、ツラくない思い出 になる という発見をしたので書き留めました。
それって自分だけ?
posted @ 14:38 feedback (1)
ASP.NETは3年くらいやってるので、「戻ってきたなー」みたいな感覚があります。
そんな感覚に浸るのも短い時間だけでしょうが。
そう もう少しでVS.NET2005が製品化されます。
Studio8もそろそろ発売、Freehandが出ないので、Illustratorに乗り換えないとな っても思ってます。
慣れ親しんだ道具・やり方を変えるのはそれなりの負荷が伴います。
それまでは「ものをつくる」事の「手段」であった事が、「それ自体を自分のものにする」という「目的」に一時的であれ変わる事。
やりたい事をやる為にはやりたくない事をしなければならない、と。
だから「やりたくない事」を「できるだけ楽しんで」やらないとな って思います。
今はありがたい事にそれを分かち合える仲間もいる訳です。
がんばろっと。
posted @ 10:23 feedback (1)
今朝、お客さんのところで離職された方が、挨拶と以前こちらからお願いしていたけどやっていなかった事をしに来ました。
一時期は営業成績トップにもなった人。先日退職されたそうです。
今までいろいろとお世話になったので、ご苦労様でした と声をかけました。
そこの社長とも別に話をしていたので事情はだいたいわかってます。
でもやっぱり 切ない ですね。
出会いと別れはずっと繰り返されるものだ ってわかってても そんな事関係無しに 切ないな って思いました。
新しい道を見つけてちゃんと歩いて行けるように頑張れよ みたいな思いが切なさに勝つ日が早く来ればいいな、とも。
posted @ 09:50 feedback (0)
ようやく
人 雇えました。 ほんと ようやく です。
以前、「人間性も大事だが仕事ができる事はもっと大事」と思い、人間的な相性は△でも仕事的に○ならばOKだろう、と思い一緒にやった人とうまくいかず、数ヶ月で仕事仲間として破綻した事がありまして。
それ以来「人を雇う」という事に対してかなり慎重になっていました。
で、仕事的に△でも人間的に○で、苦労や喜びを分かち合える人 がいいかもな って思って、そういう人を探していたのです。
そんな人もまた、なかなかいないよな だめかな ってあきらめそうにもなりましたが、しつこく望み続けたら、そんな人が突然現れて、渡しの元で働きたい、と志願してくれたのです。
こっちの業界はまったく未経験 IT的なスキルは皆無に近い状態。
正直、30点くらいしか点数やれない様な状態。
教えたり聞かれたりで、自分の時間がすごく取られます。
でも、ちゃんと教えないとな とか こうやって教えればいいかな とか こういう資料作ればいいかな とか そんな今となっては「なつかしい」思いが現れて、なんかイイかんじです。
「仕事とは[やり方]が全て」なんて眠ってた信念が蘇ったり。
直接、解決にならなくても話す相手がいる事、仕事しながら笑ったり怒ったりする相手がいる事
昔は当たり前だったけど、今はそれがとても素晴らしくてありがたい事だ って本当に思います。
これから先、どのくらい一緒にやる事になるのか、やっていけるのか、どうなるべきなのか
さっぱりわかりません。渡しだけでなく、相手も同じでしょう。
でも、
仕事に対する姿勢 みたいな部分で強い共感を覚える人と一緒に仕事ができる ってほんと幸せな事だって思いました。
30点でも何点でもいいや って本当に思えます。
ほんと良かった そして がんばるぜ というか がんばれるぜ!
しばらくよろしく! と。
posted @ 22:46 feedback (0)
今出来る・今すべき事を、ギリギリ精一杯。
大事な事は できるだけ楽しんでやる って事。
悲壮感を醸し出してお涙頂戴 なんてのは最悪にカッコワルイです。
嘘でも思い込みでも「楽しい」って顔して、「余裕ヨユー」「片手間」なんて ツッパってやるのがカッコイイな って何となく思いました。
あー 余裕余裕 なんぼでもコイ と。
posted @ 00:44 feedback (0)
おおよそ考えていた自分の「夢」がいつの間にか現実になっていました。
欲しい物を手に入れる事
それって達成してしまえば何とも思わないものです。
大きなビジネス 大金
別にそんなものを手に入れたい訳でないです。
でも
自分は生きている訳です。
手に入れた とは言え、返済する義務もあります。
だから
達成してしまっても、歩き続けなければならないのです。
そこに
喜びを見出すには
分かち合う
分け合う
そういう事だと思いました。
傲慢に受け取られるかもしれません。
でも 自分の気持ち 正直なとこ そんな感じです。
分別する事。
自慢しない事。
それらって 自分に嘘をつく事 自分を欺く事 と少し似ている気がします。
でも そう思うのは、たぶん 今の自分の責任の重さが、分不相応だからでしょう。
もっともっと重い責任を背負う必要がある って事です。
これって 誰かに話せる話でないです。
天狗になってる とかとは違うと思います。
でも、誰かに話したらそう思われると思います。
だから
経営者の孤独
それ 今はわかる気がするのです。
成功者と呼ばれる人
自分もそう思われているかも知れません。
成功者 って
周りから見ればそうかも知れませんが、自分自身では 成功者 なんて思える訳ないです。
だから 必死にもがいたり やらねば死ぬ などといった思いにかられたり
尊敬されたり羨まれたりするものだと思いますが、本人はそんな風には絶対思えないはずです。
「それが成功者だ」「成功者は常に忙しい」
それらは事実でしょう。
理屈 理論 の上で。
そう 誰でも「唱える」事が出来るものです。
好きな事をし続ける という事。
ベタかもしれませんが、ある歌で
「歩き続けた先に見たいのは 想像を超える風と光 そこに誰もいなくても」
これ 言ってる本人 「そこ」 に辿り着いたから言える事だと思います。
「そこ」には誰もいない。家族さえも。
それが事実だと思います。辿り着いたところは孤独で虚しいものだ、と。
多くの「そこ」に辿り着けない人達。
その人らは、自分の大切な人達といろんな事を分かち合って、かえって幸せかもしれません。
でも
その人らは、「そこ」に辿り着いた「成功者」を羨ましく思うものです。
「そこ」に辿り着いた「成功者」は、「そこ」を目指さない事の方が幸せだと思ったり。
だから我々が存在しているのかもしれません。
どんな風に生きても、どんな良い事をしても、どんな悪い事をしても、満ち足りないものは常にある訳です。
どんなに「夢」を叶えようが、満ち足りない訳です。
だから
実現したから 目標を達成したから といって それに甘んじる事、その「栄光」にすがり続ける事は良くない訳です。
時に 自信を無くした時 なんてのは、そんな事を思い出して 己を鼓舞するのはよいかもしれませんが。
だから やっぱり
歩き続ける 闘い続ける ツッパる のです。
そして 勝つ のです。
その繰り返しです。
それは 虚しいものではないです。
尊く、人に 目標とされる事 だと思います。
だから 尚更
そうしなければならない と思いました。
posted @ 02:16 feedback (0)
先日、ネットショップを開業しようかと思案していた友人と飲みながらいろいろ話しました。
今日になったら連絡がきて、開業するハラを決めた、と。
月額の負担金等、それなりの出費が伴い、リスクは低くないのですが、やる、と。
カッコイイなと思いました。
出来る限りの手伝いが出来ればいいな と思いました。
そして今日、新システムを仮納品したのですが、試作段階のシステムを見て、複数拠点を接続するネットワークシステムへの発展、他業務の永続的なシステム化をお願いされました。
ありがたい事です。頑張らねば!と。
家に戻ってから、バイト候補者の方と話をしました。
仕事の内容とか要求される知識とか、覚悟の程とか。
その方は、別途某商品の代理店経営を目指して特約店研修中との事。
軌道に乗るまで収入がほとんど無い という事情もあったり、システム開発等は未経験だったりするのですが、人間的には「合う」タイプなので、まずは週3回出社頂く、という事で話がつきました。
将来、代理店経営の段に至る過程で、ウチで身に着けたものを使ってwebショップ併設、メールマーケティングなどが出来る様になればいいな、と思ってます。
いずれ袂を分かつ関係かもしれません が、長く一緒にやろうと思ってもそうはいかなかったりするのもまた人間関係です。事情がどうあれ自分を求めて頂けるのであれば、精一杯の事をしなければ、と。
何かが動き出した と言いますか 今までとは1まわり違う、大きな「流れ」が来た気がします。
自分自身ではない 自分の身の回りの人達が起こした流れ。
きっちりとやるべき事をやれればカッコイイですね。頑張ろう!
posted @ 20:54 feedback (0)
それってフトコロ余裕あるって事なのかしら?とふと思ったのですが、そうでなくって、買える時に買ってる ってだけだよな と気付きました。
買えない時はもちろん買いません。買ってません。
それって、いろんな事に当てはまるな と思い。
買える時が買う時
やれる時がやる時
会える時が会う時
思い立ったが何とかだとか、行き当たりばったりだとか そうなのかもしれませんが、渡し、そういう風にしてる時の方がうまくいった事多かった気がします。
「最近ぜんぜん営業成績あがんなくて」
って良く言ってる人が身近にいるのですが、それって「売れない時に売ろう」としてるって事なのかもなー と思ったり。
「売れない時」に必死こいて売ろうとしても無理な訳で、そうしてるよりだったらその時に「仕事してる人」の助けになる様な事をすべきでないのかなー って思いました。流れている方の川に飛び込む って言うんでしょうか。
時には水の流れに抗うのもアリかもしれませんが、過ぎた事を振り返った時、流れに逆う事で達成した様な事も実はその時すべき事をした、即ち流れに身を任せた って事なんでないかなって思います。
まずとにかく流れに沿って動いてみる。考えるのはそれからだ って事。
十分考えて行動する ってのとは逆かも知れませんが、その方がいい って信じてます。
信じてる っつーか そうしてる自分の方が好きだな って事ですね。
posted @ 13:54 feedback (0)