自分の家 自分の会社
おおよそ考えていた自分の「夢」がいつの間にか現実になっていました。
欲しい物を手に入れる事
それって達成してしまえば何とも思わないものです。
大きなビジネス 大金
別にそんなものを手に入れたい訳でないです。
でも
自分は生きている訳です。
手に入れた とは言え、返済する義務もあります。
だから
達成してしまっても、歩き続けなければならないのです。
そこに
喜びを見出すには
分かち合う
分け合う
そういう事だと思いました。
傲慢に受け取られるかもしれません。
でも 自分の気持ち 正直なとこ そんな感じです。
分別する事。
自慢しない事。
それらって 自分に嘘をつく事 自分を欺く事 と少し似ている気がします。
でも そう思うのは、たぶん 今の自分の責任の重さが、分不相応だからでしょう。
もっともっと重い責任を背負う必要がある って事です。
これって 誰かに話せる話でないです。
天狗になってる とかとは違うと思います。
でも、誰かに話したらそう思われると思います。
だから
経営者の孤独
それ 今はわかる気がするのです。
成功者と呼ばれる人
自分もそう思われているかも知れません。
成功者 って
周りから見ればそうかも知れませんが、自分自身では 成功者 なんて思える訳ないです。
だから 必死にもがいたり やらねば死ぬ などといった思いにかられたり
尊敬されたり羨まれたりするものだと思いますが、本人はそんな風には絶対思えないはずです。
「それが成功者だ」「成功者は常に忙しい」
それらは事実でしょう。
理屈 理論 の上で。
そう 誰でも「唱える」事が出来るものです。
好きな事をし続ける という事。
ベタかもしれませんが、ある歌で
「歩き続けた先に見たいのは 想像を超える風と光 そこに誰もいなくても」
これ 言ってる本人 「そこ」 に辿り着いたから言える事だと思います。
「そこ」には誰もいない。家族さえも。
それが事実だと思います。辿り着いたところは孤独で虚しいものだ、と。
多くの「そこ」に辿り着けない人達。
その人らは、自分の大切な人達といろんな事を分かち合って、かえって幸せかもしれません。
でも
その人らは、「そこ」に辿り着いた「成功者」を羨ましく思うものです。
「そこ」に辿り着いた「成功者」は、「そこ」を目指さない事の方が幸せだと思ったり。
だから我々が存在しているのかもしれません。
どんな風に生きても、どんな良い事をしても、どんな悪い事をしても、満ち足りないものは常にある訳です。
どんなに「夢」を叶えようが、満ち足りない訳です。
だから
実現したから 目標を達成したから といって それに甘んじる事、その「栄光」にすがり続ける事は良くない訳です。
時に 自信を無くした時 なんてのは、そんな事を思い出して 己を鼓舞するのはよいかもしれませんが。
だから やっぱり
歩き続ける 闘い続ける ツッパる のです。
そして 勝つ のです。
その繰り返しです。
それは 虚しいものではないです。
尊く、人に 目標とされる事 だと思います。
だから 尚更
そうしなければならない と思いました。
おおよそ考えていた自分の「夢」がいつの間にか現実になっていました。
欲しい物を手に入れる事
それって達成してしまえば何とも思わないものです。
大きなビジネス 大金
別にそんなものを手に入れたい訳でないです。
でも
自分は生きている訳です。
手に入れた とは言え、返済する義務もあります。
だから
達成してしまっても、歩き続けなければならないのです。
そこに
喜びを見出すには
分かち合う
分け合う
そういう事だと思いました。
傲慢に受け取られるかもしれません。
でも 自分の気持ち 正直なとこ そんな感じです。
分別する事。
自慢しない事。
それらって 自分に嘘をつく事 自分を欺く事 と少し似ている気がします。
でも そう思うのは、たぶん 今の自分の責任の重さが、分不相応だからでしょう。
もっともっと重い責任を背負う必要がある って事です。
これって 誰かに話せる話でないです。
天狗になってる とかとは違うと思います。
でも、誰かに話したらそう思われると思います。
だから
経営者の孤独
それ 今はわかる気がするのです。
成功者と呼ばれる人
自分もそう思われているかも知れません。
成功者 って
周りから見ればそうかも知れませんが、自分自身では 成功者 なんて思える訳ないです。
だから 必死にもがいたり やらねば死ぬ などといった思いにかられたり
尊敬されたり羨まれたりするものだと思いますが、本人はそんな風には絶対思えないはずです。
「それが成功者だ」「成功者は常に忙しい」
それらは事実でしょう。
理屈 理論 の上で。
そう 誰でも「唱える」事が出来るものです。
好きな事をし続ける という事。
ベタかもしれませんが、ある歌で
「歩き続けた先に見たいのは 想像を超える風と光 そこに誰もいなくても」
これ 言ってる本人 「そこ」 に辿り着いたから言える事だと思います。
「そこ」には誰もいない。家族さえも。
それが事実だと思います。辿り着いたところは孤独で虚しいものだ、と。
多くの「そこ」に辿り着けない人達。
その人らは、自分の大切な人達といろんな事を分かち合って、かえって幸せかもしれません。
でも
その人らは、「そこ」に辿り着いた「成功者」を羨ましく思うものです。
「そこ」に辿り着いた「成功者」は、「そこ」を目指さない事の方が幸せだと思ったり。
だから我々が存在しているのかもしれません。
どんな風に生きても、どんな良い事をしても、どんな悪い事をしても、満ち足りないものは常にある訳です。
どんなに「夢」を叶えようが、満ち足りない訳です。
だから
実現したから 目標を達成したから といって それに甘んじる事、その「栄光」にすがり続ける事は良くない訳です。
時に 自信を無くした時 なんてのは、そんな事を思い出して 己を鼓舞するのはよいかもしれませんが。
だから やっぱり
歩き続ける 闘い続ける ツッパる のです。
そして 勝つ のです。
その繰り返しです。
それは 虚しいものではないです。
尊く、人に 目標とされる事 だと思います。
だから 尚更
そうしなければならない と思いました。
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