自らが行った事には、何らかの形で自らが出てしまう。

だから、腕が一流で、心が二流なんて事はあり得ない。

心が二流ならば腕も二流である。


もし、二流の心を一流の腕でカバーし、それが一流に見えるのだとしたら、それは「ごまかし」に他ならない。

それは、「一流の腕を磨く」行いとは異なり、「二流のものを一流に見えるように技量を磨く」行いであろう。


腕も心も一流の人間などそれほどいるものではない。

時に、自らを二流と認め、一流を目指して腕を磨き、心を鍛えればいい。

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