自分で事業を興している人がいまして。
以前から、「何でそれ(事業)をやってるんだろうな?」って思ってたのですが、敢えて聞く事はせず。
でも、今日その人と少しゆっくり話ができたので、その理由を聞く機会がありまして。
小さい頃(?)から今の事業に近い事が好きだった、と。ずっとそういう事をしていた、と。
自分もそうだし同じだねー♪ みたいな。
人って やる事、歳とっても変わんないもんだよね みたいな話をして。
なるほどねー って思いました。敬意を抱きました。
がんばれよー 自分もなー みたいな。
でもアレですね。
「やる事」「やってる事」の内容。率直に言って、対価を得られるかどうか。
それによって、「傍目」の人生は大きく変わるもんだな って。
事業を興している当事者にしてみれば、対価を得られようが得られまいが「それ」は変わらないものだと思います。
対価を得る事が目的でないから。「やる事」そのものが目的だから。
でも、「やる事」をやる為には対価を得ないと存続できないのが「資本主義」というシステムな訳で。
だから、必死こいてお金を得た時、うれしい反面、「このためにやってたのか?」って悩むものでもあり。
たぶん、それが自分で中小規模の事業を興している人の考え方だと思います。
それでも自分で事業を興していない人からは、「好きな事やれててイイな」 なんて思われたりする事ありますが、そう思うアナタもまた自分で選んだ好きな事やってる訳なんだよね、と。
対価を得られてるかどうか は本当の意味では勝負の分かれ目でない訳で。
懐かし目の言葉ですが「人生満足度」みたいなものが、たぶん「勝負」の分かれ目ですね。
志
素晴らしい事だし、素晴らしい言葉です。
でも、所謂「錦を飾る」様な事だけが、ソレではないよな って思った日でもありました。
つまり、バタフライが上手に出来た事や、今日のハンバーグがとてもおいしかった事、仕事で褒められた事、どれも一様に「うれしい事」で「幸せな事」だよね、と。
世界に影響したり、大きな事したり、それってカッコイイと思いますが、でも「結果」なだけであって。
目標を持つ
って事。それは小さくても大きくても同じ って事。
志 ってそういうものだな って思いました。
たまに長文で失敬!
posted @ 01:14 feedback (2)
コメント書くくらいだったら本文直せよ って気もしますね。