together with EOS
- 自分とEOS -
自分とカメラではない
各社のカメラやレンズを知り、比較できる様になり、
シーンに応じた最適な選択が出来る様になったとしたら
いろいろな事を憶え、いろいろな事が出来、
より多くの引き出しを持つ事は素晴らしい
でも、
何かを行う
即ち「表現する」という行為
それは常に「制限」の中で成される
「写真」による表現
「絵」による表現
「音楽」による表現
表現を成す時、制限が付きまとうのであれば、
制限を取り払おう、制限を超えようとするのではなく、
制限を受け入れる という方が正しいのではないだろうか
だから、自分とカメラではなく、自分とEOS
「カメラ」ではなく「EOS」という、より限られた世界で
より限られた世界だから
より速く目指すべき場所に辿り着く事が出来るかもしれない
より限られた世界であるからこそ
まだ気付いていない足下や目の前に奥深い世界があるかもしれない
だから
自分とカメラ ではなく 自分とEOS
together with EOS - 「EOSといっしょ」
そんな限られたカンケイの中で
何が生まれるのか
何を生んできたのか
何を求めていたのか
知りたい
なーんて、新しい個人サイトの前フリの文句考えてたらイイ時間が経ってしまい、持ち越しになりました。
それって、進まないパターンの様な・・・
と思い、見える場所に置いてみた次第ですが、果たして・・・!?
posted @ 22:13 feedback (0)