「料理の味そのもの」がうまい場合まずい場合がありますが、うまい料理でも、
嫌いなものが入っていたりすると、その人にとっては「まずい料理」になります。

奥様の料理がおいしい理由はここにあると思いました。
「料理の味そのもの」の善し悪しを判断するのは「食べる人」です。

愛する人が自分のために作ってくれたものは、「ありがとう」っていう気持ちを
持ちながら頂くことになります。

愛情がスパイス♪ なんて事、料理番組で言ってたりしますが、そのスパイスは
「料理の味そのもの」ではなく、「食べる人」に直接降りかかっているものです。

つまり、うまいまずいが決まるのは
①料理そのものの味
②食べる人の感覚
という要素がある訳で、②が「おいしいものを頂く」モードに変わる事で、
よりおいしく頂けるのだと思いました。


これ、料理の話だけでなくって、何かを作るときや何かをするときも同じ事が
言えるのかもしれません。

同じような素晴らしいものでも「腕前を自慢したい」ために作ったのか、
「喜んでもらいたい」ために作ったのかで、見る側にとって映る姿は
大きく違ってしまうのでしょう。

何を作るにしても何をするにしても、大切なのは作り手の人間性。
「表現」とは、表現しようと思ってそうするのではなく、その人の人間性・品性が
作品なり行動・言動なりに「表現されてしまう」だけだと思いました。


そう。

嘘つきヤローの行く末なんて知りたくない!プンプン

なんて事書いてる奴は、「絶交だ!」なんて宣う「厨房のハート」が表現されていたりする訳です。トホホ


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