誰しも 少なくとも自分の中には、いくつかの内なる存在があって、今おかれている状況や今実際に関わっている人と強い相関関係があるように感じます。
例えば、自分の内なる存在の中で、最も威厳が強く、絶対に正しい存在は、自分に対してかなり厳しい態度で向き合ってきます。いい結果が出ても「まだまだ」、疲れても「その程度か」、と、頑固ジジイの様に冷徹な存在です。勝手に「ファントム」と名付けています。
彼の言う事を聞いていれば、まず間違う事がありません。彼は厳しいながらも、自分の事を責めたり怒ったりするような事がありません。しかし、決して「やれ」とは言いません。自らの意志で動くことを冷徹に静観するだけです。良い心持ちの時、何らかの成長・習得過程の時、彼がちょくちょく登場します。
ユルい感じの存在もいます。彼(彼女?)は酒を勧め、何でも「大丈夫だって~」と、自分を楽にさせてくれます。が、彼の言う事を聞きすぎると太ってだらしなくなります。理性的に「休もう」と決めた時だけ付き合う様にしています。
ネガティブで暗い存在もいます。こいつが厄介者。過去の失敗や恥をあげつらい、足を引っ張ります。しくじった時などに現れ、「ざまみろ」的な態度を取るような存在です。欲が満たされない時にも現れます。
たぶん、「自分に勝つ」ってのは、要は行動を持ってこの「彼」に有無を言わせない、そもそも登場させないという事だと思います。
自分の心持ちと同期する様に彼らは現れたり消えたり。心持ちだけでなく、実際の身の回りの存在とも同期します。
「身の回りの人は自分の鏡」ってそういう事でしょう。
身の回りに暗い人・ダメな人が多ければ、心の中の存在も暗く・ダメだ という事。
反対に、素晴らしかったり優しかったりする人が多ければ、心の中の存在もそうであり、自らもそういう状態だ って事。
誰とどの様に付き合い、誰と付き合わないか は、現実世界の事だけでなく、自分の中の内なる存在に対する事でもあり、それって四六時中付き合う「相手」ですので、むしろしっかり考えて向き合った方が良い という事ですね。きっと。
posted @ 08:14 feedback (1)
タイムはもっと好きです。