カメラを始めてから永らく読んでいた雑誌があったのですが、先月で購読を辞めました。
「写真」の事より「カメラ」の事しか書かれていない、と気付いたので。

代わりに別な雑誌を購読し始めました。
こちらは「カメラ雑誌」ではなく「写真雑誌」。

そこに載っていた記事、外国人のフォトグラファーへのインタビュー。
その人の作品とは、何とネットから入手した写真画像を加工したもの。自分で撮った作品ではありません。

「日本人は、真を写し取る事が写真であるという精神があって、そうした表現をする人をフォトグラファーと呼んでいるが、写真に手を加える事を嫌うのは何故か? 私は写真は美術の一部と考える」

と。

そう言われてみればそうだな って思いまして。


「真を写し取る」事に「こだわる」事は、写真表現の「限界」や「制限」を作る事でもあります。

「こうだ」という理想や到達点を決め、信じ、追求する事は良い事ですが、実はそれ自身が「限界」を作るもと。

「こうだ」というこだわりや理想は、限界や制限と表裏一体。

時には「こだわり」を捨てた方が良いのかもしれないな、と。


そう思ったとき、もっといろいろな事ができそうな気がしました。


写真に限らず、自由になる ってそういう事かも知れません。


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