先週と今週、久々に他人の書いたソースのレビュー(プログラムの検証)をしました。

ココの書き方がどうだ、プロセス指向からいい加減に抜け出せとか、アクセサ書けとか言いながら、そうだそうだ と 思い出した事は、人に教える事が一番の勉強だった って事と、一番勉強したい事はプログラミングの事だった って事、それと一番自信を持てる事と一番人の役に立てる事もプログラミング・システム作りだった って事。

自分のお客さんや友達は仲間である事に違いは無いですが、「プログラムを組む事」で切磋琢磨できる仲間が今はいません。

それは、間違いなく自分が招いた事。

何でそうしたのかな と。

誰にも負けたくない どこか歪んだ思いの結果なのか。

何故、今欲している「仲間」を排除してきたのか。

よくわかりません。


ただ、そうした事で得られたものがあります。とても大きなもの。
それを得た事の代償かも知れません。

今は、本来いる場所から離れることによって、普通にしていては得られないものを得ているのだとしたら、「source review」は本来いる場所へ戻るためのキーワードだと思いました。

public string companyid
{
    get {
        _value = "";
        if (Request.QueryString["companyid"] != null) {
            if (util.isNumeric(Request.QueryString["companyid"] .ToString()) {
                _value = Request.QueryString["companyid"] .ToString();
            }
        }
        return _value;
    }
}

簡単なコードですが、これを見てRequest.QueryString~の重複を排除するためにどうすべきかなどと、論理的な合理性の完成を目指して、社会生活には不要な変な数学的理論を脳みその中で展開する事に喜びどころか快楽を感じる訳です。

傍ら、撮った花の写真を見てキレイだなとか、次の花展のタイトルが決まったからこういう花を活けようなんて思っている自分は、そんな「本来の自分」を変態扱いする訳ですが、「本来の自分」にしてみれば、花の写真見て妄想しているテメーこそが変態だなどと思ってみたり、はたまた来月のレースに向けてキックの強化だとかタイムを何秒詰めるとかの「自分」は、そんなインドアな自分らを女々しいやつだと思っていたり、この頃の自分はどうやら混乱を来している様です。

えーと

どうか ひとつ 仲良く。みんな「違う」だけだから。

同じ人っていないから。自分の中でさえ。

source reviewでもして落ち着いて下さい。


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