女性が坂道を駆け上がるテレビ番組があって、いつだったか木村拓哉が出演していた。

「この番組、女性が坂道を駆けてハァハァ言ってる表情を喜ぶ変態のためのものだと思っている」

と、最初に言っていたが、無数の坂道を駆け上がっているうちに、

「普段、精一杯やっている って思っていた事って、実は精一杯じゃなかった」

と。


体力を使い切る精一杯は実に心地よい。

水泳大会という目標ができたので、キレイに泳ぐ練習から、タイムを伸ばす練習へ切り替えた。
身体をほぐす事と体力・健康維持モードからかけ離れ、限界に近いところで蹴ったり?いたり。
そんな練習は1年以上していなかったので、はっきり言ってツライが、終わった後は心地よい。

たかが「泳いで」精一杯でも、心情的にも満足する。

人と出会う事、仕事をする事、人のために何かをする事、いずれとも違う。
精一杯泳ぐ事は、いわば生産的な行為では無いが、「生産的な行為が善で、そうでないものは悪」は間違い、という事を身をもって感じる事ができる。


例えば 仕事が無くなっても、家族がいなくなっても、泳ぐ事だけはずっと続けるだろう と時々思う。



イヤ 仕事も家族もうまくいっておりますので そういう意味ではございません。念のため


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