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「この世」的な言葉、いろいろ探したのですが、「泥中」がぴったりハマるな と思い、使いました。

誰もが携帯電話を使い、パソコンでネットを使い、ITは現代の有用なインフラとなりました。
自分もまたそんな「IT」の仕事をし、ご飯を食べさせて頂いています。

ITは未来を切り開き、何でも出来る素晴らしくてカッコイイもの って思っていた自分、また現代でもそう思う人は多いかもしれません。

「千代谷さんの仕事って、これからの仕事だからいいなー」
って良く言われます。

でも実際の仕事はそんなカッコよくてスマートなものではありません。
無機的で感情の無い冷たい論理の世界に精神病者の様に浸ったり、埃と汚れに満ちた机の下にスーツで潜り込んでみたり、いつ停止するか解らない機械やシステムに四六時中神経を使ってみたり。
集中力が必要なタイミングでトラブルが発生して対応を余儀なくされる事しばしば。

「どっかヘン」な人でなければ喜びを見いだせない世界。
そこはまさしく泥の中。泥中。


その世界観は、ケータイという「発信器」を取り付けられてプライベートを失った事に気づかず「iPhone欲しい」と言っている現代人の世界観に通じるものがあります。
もちろん自分も何か大切なものが欠落しかけている「どっかヘン」な現代人の一人。

何年か先、素晴らしい・カッコイイと思っていたものが「どっかヘン」だったと気づく事。よくある話。
時代はトレンドを創り出し、トレンドは新しい価値観を創り出しますが、トレンドは廃れるもの。


「花」はそんな流行り廃りとは無関係に昔も今も美しく咲き続けています。
世の中がどう変わっても、人の心が汚れても、怒る事なく優しく微笑んでくれる花は、「ひとのこころ」にとって必要なものを諭してくれるかの様です。

ひとひらの花は、優しさ・思いやりといった「愛情」の象徴。
冷めかけた現代人のこころに、惜しみなく暖かなものを注ぎ込んでくれます。

泥中であっても、咲く花。
いつまでも廃れる事のない普遍的な価値。
永遠とは何か教えてくれる様でもあります。


無造作に置かれたパソコンと部品、泥中という言葉は本来は蓮にかかるものであるといった事、それらも含めて「どっかヘン」である事と、その中にあるお花の美しさ・素晴らしさを同時に感じて頂ければ、という思いを込めた作品でした。

それはたぶん今の自分から見えている世界そのもの。共感頂ければ嬉しいです。

活けた花の技量はともかく、こういう花もOKな辺りがフラワーアレンジメントの自由さ、素晴らしさですネ。

posted @ 09:31 feedback (0)