という話らしいですね。来春コンサートとか。

「ギターを憶えよう」と思ったキッカケになったのが「X」です。
初めて憶えた曲が「紅」という曲。

ヴォーカルがアッチ系に染まってフヌケて解散になったりドラッグの話もあったり(あったっけ?)、解散したり復活したりメンバーが変わったりと、HM/HR系バンドによくある退廃的な人間模様が展開される様は、「なんだソレ」と思いつつも非常に共感できるものもあったりしたものです。

「オマエは走り出す 何かに呼ばれる様 俺が見えないのか すぐ傍にいるのに」

「オマエ」って自分の事で、「俺」が愛そのものや愛すべき人、夢みたいな事でしょう。
呼んでいる対象は「欲望」や「妬み」の類でしょうか。
子を大切に想う様な見返りを求めずひたすら与える「愛」は、時に愛してほしくて大切に思って欲しくてたまらない「欲」、「与えている」つもりが「求めている」状態に変わったりします。

「紅に染まったこの俺を 慰める奴はもういない もう二度と届かないこの想い 閉ざされた愛に向かい叫び続ける」

欲に満たされ愚に染まり、呼ばれるままに「そちらへ行った」自分を、自分で許せない。当然、慰めてなんかもらえない。
わかっていても心は愛と誠に向かっていて。その事は、そういう状態になってようやく理解する。遅いけど。
絶望の淵、手を差し伸べてくれる誰かを待っている。

でも彼はいつか気付くはず。

手を差し伸べてくれるのは「オマエ」 即ち自分自身である、という事を。


って、彼らがそんな事思って綴られた言葉かどうかはさておき。


んー 懐かしい。

で、久々に聞いてましたとさ。


今は、何があっても家族は味方してくれます。
幸せなんだな、自分。 などとあの頃とを比べてみたり。


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