ものごとを行う時の動機・理由が愛情に基づいている時は、行う側・行われる側、与える側・与えられる側とも幸せや楽しさを感じ、「よい関係」になるものです。

喜んでもらえたら嬉しい、好きな人の為に何かが出来る事自体が嬉しい
「愛情に基づいた行い」の根本の気持ちはそういったものでないでしょうか。

好きな人に何か頼まれると嬉しいものです。
喜びの声や言葉を想像しながらものを作ったり、好きな人・大切な人のために何かをしている時間や一緒に過ごす時間がただ楽しかったり。
最後に「ありがとう」を言われても、心から「こちらこそ」と思えて「またやりたいな」と思い、結果、ずっと続く「事業」にさえなったりします。

怒られるのが怖い、やらなければ嫌われてしまうのが怖い
行動の内容が同じであっても、動機が怖れに基づいている時は、「嬉しい楽しい」とは違います。
少なくとも「またやろう!」などとは思えません。「やっつけたから終わり」と思い、そこから離れたくなります。


「ありのままの自分で」
「思いのままに」
って言葉の意味は前者の話だと思いました。

「ありのままの自分とは酷い自分・汚い自分だから、欲や感情に逆らうことなく生きる。それが「正直」という事。オマエもそうだろう」
的な事を宣う「哀れんでもらうのが大好きな」輩も大勢いますが、そんな輩も人を好きになったり、好きな人がいたりする訳です。
だったら、そんな事言ってないで好きな人に喜んでもらえる様に何かしてみるのがよろしいのでは、と。


mixiで「誰だか知らない人」の足あとがついている時は、副業の宣伝がほとんどですが、時々、「アタシ寂しい・・・」的な人がリアルな出会いを求めて ってケースもあります。
でも、そんな人の日記なんかを眺めると、ほぼ間違いなく「哀れんでほしい」症候群の方々で。

ネットばっかりやってる「哀れんでほしい」症候群の方は、ぜひお試し下さいませ。
好きな人の為に何かする って絶対に楽しいですヨ♪


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