コンピュータにおける「デザイン」は様々です。

業務システムであれば業務の設計(デザイン)そのものや、データのデザイン、プログラム内部のデザインや、実際のコーディングにおけるデザイン。
ユーザが触れるインタフェースのデザインも然り、一般的に言われる「見栄え」のデザイン。

ホームページになっても、肝は同じ。

「見た時に伝えたい事が伝わる」
「見ただけで操作の方法が解る」

要するにエンドユーザ側の見地のデザインが非常に重要で、それによってシステム・ホームページの善し悪しがほとんど決まります。


しかし、ある意味では、これらの「デザイン」は実体のないニセモノ。

コピーなど簡単に出来ますし、本来の「デザイン」を知らずしても、IT側の知識・理論によって「センス」をカバーできるものだと思います。


だから、IT以外の部分の「デザイン」を自分の中に入れたかったのだと思います。
電子の世界でどうにかするものでなく、実体があって、やり直し・ごまかしのきかない「本物」で。


自己表現を突き詰める為に「本物」に触れる・見る・聞く・感じる という感覚は、その感覚に近いものがあるかも

って思いました。


何故高いものを買うか。
何故高いものを食べるか。
何故高いものを着るか。


それらは全て「本物を知る」という行為に他ならないことです。

お金があるから本物を知ることができる、高いものを買うことができる ってのは違います。

本物を求めているからこそ、必要なものやお金、必要な環境を得られたり、必要な人に出会う って結果になるだけですね。


研ぎ澄まして本物を目指す 即ち、すべき事を地道に誠意と愛に基づいて行う事と、大きな夢や希望を持つこと。

「そうしているかいないかだけの差」は大きいですが、結局、誰でも同じ。

すべき事がない人 など存在しません。

だったら、やるだけ。やった方がお得。やったもん勝ち。


とっととやって下さい。ハイ。


※いっつも結論同じですね。ツマンナイ?

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