今日、お客様のところに行く途中、橋の上で信号待ちになったのですが、橋の下を流れる川を見てました。

水がきったねぇなー と思いつつ、

川って山から海へ注ぐもので、いくら汚くても自分の存在より遥かに巨大で、いつも流れ続けてて、いくら流れても無くならなくって、

いくら流れても無くならない?

そうなのです。

海に流れた後、蒸発して雲になって、雨になってまた山に蓄えられて、いつまでも循環している訳です。

そんな知識無ければ、水は海に流れ出て、やがて川は無くなってしまうのだろうな、って考えるでしょう。
自分はそう考えました。

実際、目の当たりにすると、山のどこにこんなに水があってここまで流れてきてて、大昔からずっと存在し続けてて、それがいくら汚い川であっても、自分なんかよりずっとずっと長い間存在し続けてて

どんなに頑張っても、そんな風にはなれないし、なった人もいないし、すごいよな って思いました。自然は偉大です。



でも、



今まで思っていた「流れ」ってそういうものだよな っても思いました。
お金 も同じだよな、とも。

お金とかいっぱいあって、使うと無くなる。

それがどの様に循環しているのか知らないとそう思うものだと。
知ってても循環させないと無くなります。


仕事も同じですね。

仕事あっても、やると無くなる。

仕事がどの様に循環しているか知らないとやっぱりそうなるよな、と。


自然はそんな摂理みたいな事を気付かせてくれたり教えてくれたりします。

それが人間が汚した川であっても。 怒りもせずに。 すげ寛大ですね。



今、気付いた事は、自分の存在も、自然の中の一部なのだな、と。

自然の法則・摂理を守って正しい方向に進んだ時に得られる、思ってもみなかった偶然・布置なんてものは、そんな事によってもたらされる「自然な事」なんだろうな、とも思いました。


正しく生きよう  って思わされました。

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