昔の上司に言われて、決別しようと思わされた一言です。
確かに 正論が通らない世の中かも知れません。
正論を捻じ曲げて、歪ませて、悪をも善にする それでも成り立っている世の中かも知れません。どっかの大国の様に。
正論を通そうとする人間が暗殺されたり ってニュースが流れてたり。
悪い事をした人間 - 犯罪者 - に対して人権がどうだとか、悪を擁護してみたり。
悪いってわかってるけど仕方ない みたいな事。
自分もそうなる可能性あるから責めてはいけない なんて事。
「善悪の区別」は、親が子に教えるべき事、叩き込む事です。
良い事をすれば褒められる。悪い事をすれば怒られる・殴られる。
それをしない親。それをさせない世の中。
なんでもあり に仕立て上げるメディア。
でもそんなのどうでも良くって。
そんな時世だから、何が正しいか 何が善で何が悪か って感じることができる心ってとても大切だと思うのです。
自分がそうでなければ、子供に対してそう言えないし。
だから
正論が通るか通らないか でなくって、通す って事。己を貫くって事。
それを子に見せる事。だから自分でやる って事。
おとうさんがんばるから 人に見せれない事しないから。
家族の存在・友人の存在があるから、正義と正論が存在してるのですね。
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