前に進めない様な事にぶち当たったとき、「何故」を突き詰めたりします。
「何故そうなのか」「そうなったのは何故なのか」を自己問答。
気が済むまで理性的に冷静に掘り下げて、原因を突き詰めていく様な行為です。

大抵、出処・始まりの部分に問題があるから、そこから出たものは全部問題 って結論に達します。
だからその根源を直す みたいな。
その行為自体、自分を知る って事にもなったりします。

それって、極めて論理的で難解だったりしますが、無意識・潜在意識の部分ではその「突き詰めた何故」と自己の行動そのものが同期してるものです。

つまり、性格や行動パターンって無意識・潜在意識によって決まるって事は事実だと言えます。
そんな深い「自己」の部分は、難解な行動パターン・思考方法を「感覚」的に捉えていて、必ずそれに応じた行動をしてしまう様に出来ているみたいです。人間。少なくとも自分は。

つまり、深い「自己」を顕在意識で知る・自覚する事によって、「なぜ自分がこうなのか」「自分のここがダメなのは何でか」みたいな事が理解でき、具体的な対策をする事も出来る、と。
己のコンプレックスにも当然理由がある、と。漠然と今している事も全て理由がある、と。


これは、「技術者としてプログラムを作る」という行為と経験によって、知った事です。
プログラミングを突き詰める行為とは、自己の存在を突き詰める行為と同じだな、と。

プログラミングに興味を持ったのは10歳くらいの時で、それ以前は宇宙に興味がありました。
自分はどうやって生まれたのか。なぜ自分が自分なのか。自分が生まれる前ってどうなのか。
死んだらどうなるのか。宇宙はどうやって出来たのか。宇宙と自分はどうつながってるのか。

宇宙って、そんな自分のルーツ、あらゆる事の意味 みたいなものにつながってる気がして。
子供ながらにそう思ってました。

自分が本当に興味を持っている事 自分だけでなく、多くの人 あるいは全ての人かも知れませんが。
それってそんな事だな と。

あらゆる事の起源。己の意味。

神でもない限り、よほどの悟りでも開かない限り、その答えは知り得ないでしょう。
でも、答えは「これだ」って信じる事と、「そこ」に近づく事は出来るはずです。

人として生を受けたのであれば、「生きる」ってそんな事でもあるかもな と多少オーバーなアレで。


posted @ 20:15 feedback (1)
j一郎 2006.11.3 16:32
久しぶりです。さすがに深いですね。

自分も壁にぶち当たったときに、「なぜ」、「ナゼ」、「何故」と自問して問題点を掘下げていきますが、
冷静じゃないのか浅いのか、これだという核心に中々辿り着けません。
というか壁と思えば壁だらけで ・・・・・ w。

んでも一回しか無い人生だから、ガンバッテ壁をブチやぶるど!