家庭不和が回復して一息ついて気が抜けた感じで仕事をしてしまい、(それでも一生懸命頑張ったさ)
「ふーつかれたなー でも帰ってからCLIE納品だから再インストと梱包やらんとね あとHPの文言と写真届いてたからそっちもちょっと手つけとうこう 明日工事だからはかどらんかもしれんからな ぶつぶつ」
と、考えながら疲れて家に帰ったのが23:00頃でした。

帰ったら子供は寝てました。(そりゃそうですが)
子供の寝顔を見て頭を撫でて、おでこにチゥをすると、何だか生き返ります。

まだなんもわからない子供の頃って自分もあった訳で、テレビでヒーローものを見たり、王貞治が世界記録作ったり、猪木が強かったり、宇宙はでかかったり、いろんな感動を経験して、未来を夢見ていた訳です。

そして、今、自分の子供がそんな未来を夢見たり、楽しいことやおいしいものを食べる事とか、そんな単純な喜びに希望を持って明日を生きている訳で、それってすごいエネルギーで「すごい生きるチカラ」を感じます。

特に渡しの長男はいつまで生きられるか?を生きてきた訳で、親としては大人になってくれるだけでもありがたいのに、「おとさん がんばるさ!」とさせてくれる、子供が持っているチカラってすごいよな って思います。

全ては「生きる」為なんだろな、と。
「生活の為」とは違います。「生きる」為です。

いろんな事を覚えたり身につけたりして大人になってくみたいですが、その中にある自己の姿は「生きるチカラ」そのもので、力の結晶みたいなもので、子供って、なんも汚れてない純粋な生きるチカラの結晶なんでしょね。

だからそれに気づいた時、自分の内なるものの存在を確信してチカラが沸いたりするのかもしれないですね。

ためになったためになった ありがとう!むすこよ!

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