アテにされる時ってたぶん一番自分の存在意義を実感する時です。
相手が誰であれ、アテにされたら、アテにされた以上に報いるって事。
そうした時、自身の溜飲が下がる感じがします。
ついこの頃、かなり家庭不和でした。
家族以上に、家族でない人を大事に思う自分がいて。
なんでそうなったんだろう なんてだいぶ悩みましたが、結局自分のそんなクセがそうさせてたんだな と。
家庭の中では奥様が主役だと思います。
そこには自己主張しない自分がいます。
仕事してる時とは別人の、頼りなくダラけている自分がいます。
当然、家庭の中では「自信を持つ」なんて事あり得ません。
家庭に「自己」を見出せない でもそれってイイ事だと思うのです。
自己すら開放してだらしなくなって あんまり考えてない自分がそこにいて。
それが「休む」って事だと思います。
安らぎの場。
「気を使う」なんてあり得なくて。家庭に甘えて英気を養って。
でも だから 家庭の中ではやっぱり「カッコイイ自分」では無い訳です。
アテにされて、人の役に立って、感謝されて、相手をも感謝して、いい意味での相思相愛 みたいな。
そんな時、「生きてる」歓びを一番実感します。
それを感じた時の自分が一番大好きです。
でも それもまた 悪いことだとは思えません。
それで家庭不和になったとしても まあ そんな事もある って事ですね。
そこ捨てちゃったら自分が無くなっちゃう気がして。
だから奥様にも言いました。
「かまって欲しかったらかまって欲しいって言ってくれ」 と。
「家庭では頼りないかもだけど、頼ってくれ」 と。
渡しは「頼られた方」に動く仕組みなので、そうなってしまう事 わかってくれ と。
でも 頼られた方に行き過ぎかな? って気もしたり。
それでもいいのです。
アテにされる事 頼られる事 必要とされる事 に歓びを感じて、それに報いる って事。
それは渡しが「生きていく方法」だ って思ってるから。
間違いかどうか解らないけど、そう信じてるしそう信じたいから。
そういう風に進むしか出来ないから。
だから やっぱり そうするわ。解って下さい。 ナンテネ。
相手が誰であれ、アテにされたら、アテにされた以上に報いるって事。
そうした時、自身の溜飲が下がる感じがします。
ついこの頃、かなり家庭不和でした。
家族以上に、家族でない人を大事に思う自分がいて。
なんでそうなったんだろう なんてだいぶ悩みましたが、結局自分のそんなクセがそうさせてたんだな と。
家庭の中では奥様が主役だと思います。
そこには自己主張しない自分がいます。
仕事してる時とは別人の、頼りなくダラけている自分がいます。
当然、家庭の中では「自信を持つ」なんて事あり得ません。
家庭に「自己」を見出せない でもそれってイイ事だと思うのです。
自己すら開放してだらしなくなって あんまり考えてない自分がそこにいて。
それが「休む」って事だと思います。
安らぎの場。
「気を使う」なんてあり得なくて。家庭に甘えて英気を養って。
でも だから 家庭の中ではやっぱり「カッコイイ自分」では無い訳です。
アテにされて、人の役に立って、感謝されて、相手をも感謝して、いい意味での相思相愛 みたいな。
そんな時、「生きてる」歓びを一番実感します。
それを感じた時の自分が一番大好きです。
でも それもまた 悪いことだとは思えません。
それで家庭不和になったとしても まあ そんな事もある って事ですね。
そこ捨てちゃったら自分が無くなっちゃう気がして。
だから奥様にも言いました。
「かまって欲しかったらかまって欲しいって言ってくれ」 と。
「家庭では頼りないかもだけど、頼ってくれ」 と。
渡しは「頼られた方」に動く仕組みなので、そうなってしまう事 わかってくれ と。
でも 頼られた方に行き過ぎかな? って気もしたり。
それでもいいのです。
アテにされる事 頼られる事 必要とされる事 に歓びを感じて、それに報いる って事。
それは渡しが「生きていく方法」だ って思ってるから。
間違いかどうか解らないけど、そう信じてるしそう信じたいから。
そういう風に進むしか出来ないから。
だから やっぱり そうするわ。解って下さい。 ナンテネ。
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