水泳の先生(コーチではないです)と久しぶりに会いました。
ちょうどクロールのダッシュ練習を終えた頃、プルについて教えていただきまして。
ピッチを上げる前に、キャッチをしっかり行ったうえでプッシュするのだ と。
ピッチが上がるとキャッチをしっかり行えなくなるクセを見抜いてくれました。
だから、「空回り」の様な状態になるのだ、と。
なるほどそうか って思いました。
本とか見て解ってる話ですが、人に見てもらって言ってもらうのはやっぱし一番効き目があります。
指摘通り、キャッチをしっかり&プッシュをしっかり長く でタイムを取ったら、90%程度の力の入れ方でもベストタイムが出ました(16.8秒くらいでしょうか)。
そのフォームのままピッチを上げられれば、簡単に15秒くらいになるよ と言われ。
今日はそれ以上ピッチを上げる練習はしませんでしたが、久しぶりに「教えて」もらい 何か思い出した気がしました。
水泳についても
ある程度自分で出来る様になった事もあって、「教わる立場」から、「人に教える立場」になっていて。
ここのとこ、そんな「立場」に違和感を感じていたのです。
あれ 自分って (水泳について)こんなに「教える」立場だったけ? これでいいんだっけ? みたいな。
人に教わる って感覚。
安心するというか 後ろ盾がある感じというか 孤独でない感じというか。
もっと頑張らなきゃ って思える一番のモチベーションかもなー なんて。
やっぱ あらゆる事は 人 から。
そして必ず「思ったとおり」「望んだとおり」の「自分」になる なっている って事。
堕ちたり 悩んだりしている自分も、それは自分がそう望んだからそうなっているだけで。
「自信の無い自分」も、そう望んだからそうなっているだけって事ですね。
一番自信のある事を伸ばす って事をしている時は自信がみなぎりますが、新しい事や慣れない事をしている時はなかなか自信持てない訳で。
実際、(新しい事や慣れない事に対する)自信が慢心や過信になりやすいし。
自信持たない方がいい って思う自分がいる訳です。
だから
一番自信のある「仕事」 以外に時間を割く、思いを向ける ってのは、自分の根源的な自信を代償にしてるって事。
それ わかってそうしてる訳です。
25年やり続けた事 と ここ2年程度やってる事
2年程度やってる事の方に重きを置くとすれば、そうなるのは当たり前です。
でも 今は
そうしたい訳です。負けて悔しかったから。
だから別な部分で歪みが出る って事です。
仕方ないですね。
自分で選んでそうしてる事なんだから。
そこまで解っても引きたくないし絶対引かない から。
そう決めた事だから絶対に通すだけで。
そか
「仕事だけ」でなくなってきた自分自身。
「自信」を置く場所が前と変わってきた事に慣れてないだけですね。
今日の練習は、そんな風にいろいろ考えさせられた貴重な時間になりました。
先生と思える人に会える事。話が出来る事。
ありがたい事だな 光栄な事なんだな って。
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