様々な経験を経て良い方向へ向かったり悪い方向へ向かったり、生きているとあらゆる事が変化し続ける訳です。
先日、飲んでいる時にある友人が言いました。
「わぁ なんかめぐさい わぁ こんだったべが」
(※標準語訳:俺恥ずかしい 俺こんな奴だったかな)
自分の生き様に対する謙虚な姿勢。
共に理想を追い求めていた日の事と今のギャップが客観的に見えたのだと思います。
渡しにしてみれば、今、自分がやっている仕事とその友人がやっている仕事は規模がかなり違うので、
「おっきい仕事から遠ざかったなー」
「神経磨り減る責任かぶる思いしてないなー」
なんて思っていた訳です。
こうだ と決めたら猪突猛進。不器用だけど馬力は人一倍な彼。
勤めている会社をクサして、否定して、自分が理想とする形を力づくでも作り上げる様な人間。
そんな人間が一歩立ち止まって、人が言う事に耳を傾けて自分を客観的に見て自省し、歩むべき道を考えているという事。
すごいな、と思いました。
システムエンジニア という立場にしてみれば、自立する事・独立する事が「成功」であり一つの到達点かも知れません。
だから彼は(自立・独立を果たした)渡しに対してそんな謙虚な念を抱くのだな、と思います。
「会社を散々否定してもクサしても自分はそこに留まっている」
「そこまでクサすなら自分で何とかしろよ」
そんな想いを素直に受け入れ、どうするべきかを冷静に考えるだけの度量を得ている訳です。
しかし、渡しにしてみれば、「独立・起業」といったカタチ云々より「背負っている責任の重さ」で負けてるな、って思う訳です。なんか悔しいわけです。
でもそんな悔しい想いは彼も抱いているわけです。
以前は最高の仕事のパートナーであり相棒でありライバルだと思っていましたが、今は切磋琢磨し合える良い関係になったのだと思います。
今、こんな風に抱いている良い想いも変るのかも知れません。渡しも彼も。
だからこそ、何らかの形で何かを「今」、分かち合う事はとても大事な事なのだなと思いました。
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