
写真展終了。
大伸ばしして、プリント・額装し、スポットライトが当たる「写真」は、色味・濃さ・コントラストに加え、空間配置まで含めた「作品」になります。
しかし、パソコンで鑑賞する写真は、モニタの違いによって色味・濃さ・コントラストが異なるため、撮影者の意図を正確に伝える事ができません。
「こういう色で、こういう濃さで、イメージ通りに撮りたい」真摯な思いで高いカメラを手にしたとして、最終的な「画」が思い通りになっていない としたら、どうか。
やれプロ機だツァイスレンズだ、写りがどうだ と語ったり思ったりした写真を誰かに見ていただくとして、自分が観ているモニタと全く違う明るさや色味で写真が見えているとしたら、どうなのか と。
良い悪いではなく、モニタとプリントではそういう違いがあるよな と、切に感じた写真展でした。
右側の男性は同じ写真教室の方。
女性はお花の教室の子なのですが、こちらの男性のお知り合いで、招かれていらしたとの事。いやー 狭い狭い
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レタッチは悪か?
いいえ 悪ではありません。
「レタッチが悪」なケースがあるとすれば、レタッチした写真を「レタッチしていません」と嘘をつく事くらいではないでしょうか。
それですらレタッチが悪なのではなく、嘘をつく事が悪 なだけです。
「レタッチに頼ると写真が下手になる」と言う人もいますが、そう言われる方は「撮って出しの写真が良くなければいけない」という考えを他人に押し付けようとしているだけですし、「レタッチした写真は『真を写した』写真ではない。アートなのだ」と言われる方も、「真を写したものだけが写真なのだ」という考えの押し付けに過ぎません。
私は、レタッチ 及び 撮った写真に手を加える事は、進んですべき事だと思います。
「完成形」の写真など、生涯で何度も撮れるものではありません。
撮った写真のほとんど全ては「試験的」「途上過程」のものです。
もっと条件が良かったら もっと道具が良かったら
そんな「仮定」に基づき、「製作途中」の写真に手を入れ、「完成形」に近いイメージを作る事で、「次」に望みやすくもなります。
「こういう風に撮るにはどうすれば良いか?」といった事を自分で考えるにも、人に聞くにも、「具体的に手を入れた画」は格好の材料です。
レタッチを悪く言う人は、レタッチができない・苦手・理解していない の辺りなのかも知れません。
もちろん、「写真が上手なりたい!」「カメラの使い方をもっと知りたい」のに、レタッチに頼って写真を仕上げていては、決して上手くなりません。
その辺は分別を。
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TAMRON SP 70-300mm。
これは本当に素晴らしいレンズです。
描写力・使い勝手・作りの良さ・価格のバランスが極めて高く、それはまるで「EOS 7D」のよう。

極めて素直。クセの無いヌケの良い描写。
特にコントラストが良好で、微妙な色彩を柔らかに描いてくれます。
白いアイツにはかなわないと思いますが、もし、ソイツを手に入れたとしても、彼らは200mm。
こちらは300mmまでイケますので、サンニッパでも手に入れない限り、使い続ける事になります。

使い勝手面でも、フルタイムマニュアルのしっとりしたピントリングは微妙なピントを気持よくコントロールでき、300mm・SS1/10を手持ちで撮れる手ブレ補正力の凄まじさは、「使いやすい」を通り越して「安心感」を感じます。
高くてスゴいのは当たり前。
この価格でのこの性能は賞賛に値します。
いやほんと素晴らしい。敬礼。
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