最近、Richo GXRのサンプル画像を見ました。ISO1600でもノイズ少ないな と。
また、Pentax K-xは高感度特性が非常に優秀との事で、こちらもサンプルを見たところ確かに極めて高感度ノイズが少ないです。
ISOジューマンに達したD3Sはもちろんノイズレス。
ただし、これら全てに言える事は「等倍鑑賞」した場合、ノイズリダクションの影響で解像感が非常に甘い事と、細密なディテールが完全に失われている事、更には失われたディテールをシャープネス処理している事による弊害(異常なエッジの立ち方)が出ている事、そしてRawデータがその様に加工済みである という事でしょう。
ファインダーを通して見えた画を忠実に再現する事よりも、目障りな部分はそぎ落として塗りつぶす、と。
そぎ落として塗りつぶし甘くなった画像のシャープネスを高めた画が「ノイズレス」であり、「良い」と評価される昨今です。
恐らく、今日のデジタル一眼レフのユーザーは、旧態然とした「真を写す写真」に拘る人は少なく、「キレイに取れれば良い」と思う人の方が多く、何がキレイかの定義は「クリアで発色が良くてクッキリしている」といった辺り。
輝度のゆらぎをディテールとして再現するのがフィルムでありセンサーである訳ですが、そういった事を理解したうえで写真に取り組んでいる人など一握りでしかなく、大多数は輝度のゆらぎはもちろん、窓ガラスの塵さえも「ノイズ」として邪魔者扱いします。
写真が高尚な趣味であったのはすでに過去の事であり、現在の一般的なデジタル一眼レフユーザーの受けを狙うのであれば、冒頭に書いたような画作りが望まれるのは当然の事でしょう。
冒頭の様な画が良いとか悪いといった事でなく、結局自分の好みかどうか・用途に合うかどうか という事。
私はEOS 30D・X2・7Dの画は好みですが、D300やD3、K-x、50D・5D2の画は好みではありません。50Dは用途には合いましたが、理想に程遠く、結局別れて(?)しまいました。
気に入った画・好きな画・好きなカメラをうんと愛し、使い倒せばいいだけ。
気に入らないもの・嫌いなものをいちいち嫌いだイヤだと喚くのは見苦しく、子供に見せられたものでありません。
ほぼ家電製品と化したデジタル一眼レフだけに市場はノイズに満ちていて、特に7Dは注目の機種だけに、極端に良い話と極端に悪い話が飛び交っています。
人の意見・人の評価に惑わされない事、自分で確かめる事こそが大切な事で、楽しむ事はもっと大切。
市場のノイズも画のノイズも受け入れる事ができればより楽しめるかも知れません。
とか書いときながら、写真展の時、同じ教室の女性二人がD300で撮り合った写真を見せ合っていた事を思い出し。
つらつら書いたような事に拘るのは男性が多く、カメラを手にした女性はカメラのスキルや写真の知識には関心が薄く、撮って楽しむ人が多いそうで、よって女性の方が上達が速い との事。
そう言えば門下生(?)の女性の方、急に上達してました。
こんな事書いてる場合か!? 自分。
また、Pentax K-xは高感度特性が非常に優秀との事で、こちらもサンプルを見たところ確かに極めて高感度ノイズが少ないです。
ISOジューマンに達したD3Sはもちろんノイズレス。
ただし、これら全てに言える事は「等倍鑑賞」した場合、ノイズリダクションの影響で解像感が非常に甘い事と、細密なディテールが完全に失われている事、更には失われたディテールをシャープネス処理している事による弊害(異常なエッジの立ち方)が出ている事、そしてRawデータがその様に加工済みである という事でしょう。
ファインダーを通して見えた画を忠実に再現する事よりも、目障りな部分はそぎ落として塗りつぶす、と。
そぎ落として塗りつぶし甘くなった画像のシャープネスを高めた画が「ノイズレス」であり、「良い」と評価される昨今です。
恐らく、今日のデジタル一眼レフのユーザーは、旧態然とした「真を写す写真」に拘る人は少なく、「キレイに取れれば良い」と思う人の方が多く、何がキレイかの定義は「クリアで発色が良くてクッキリしている」といった辺り。
輝度のゆらぎをディテールとして再現するのがフィルムでありセンサーである訳ですが、そういった事を理解したうえで写真に取り組んでいる人など一握りでしかなく、大多数は輝度のゆらぎはもちろん、窓ガラスの塵さえも「ノイズ」として邪魔者扱いします。
写真が高尚な趣味であったのはすでに過去の事であり、現在の一般的なデジタル一眼レフユーザーの受けを狙うのであれば、冒頭に書いたような画作りが望まれるのは当然の事でしょう。
冒頭の様な画が良いとか悪いといった事でなく、結局自分の好みかどうか・用途に合うかどうか という事。
私はEOS 30D・X2・7Dの画は好みですが、D300やD3、K-x、50D・5D2の画は好みではありません。50Dは用途には合いましたが、理想に程遠く、結局別れて(?)しまいました。
気に入った画・好きな画・好きなカメラをうんと愛し、使い倒せばいいだけ。
気に入らないもの・嫌いなものをいちいち嫌いだイヤだと喚くのは見苦しく、子供に見せられたものでありません。
ほぼ家電製品と化したデジタル一眼レフだけに市場はノイズに満ちていて、特に7Dは注目の機種だけに、極端に良い話と極端に悪い話が飛び交っています。
人の意見・人の評価に惑わされない事、自分で確かめる事こそが大切な事で、楽しむ事はもっと大切。
市場のノイズも画のノイズも受け入れる事ができればより楽しめるかも知れません。
とか書いときながら、写真展の時、同じ教室の女性二人がD300で撮り合った写真を見せ合っていた事を思い出し。
つらつら書いたような事に拘るのは男性が多く、カメラを手にした女性はカメラのスキルや写真の知識には関心が薄く、撮って楽しむ人が多いそうで、よって女性の方が上達が速い との事。
そう言えば門下生(?)の女性の方、急に上達してました。
こんな事書いてる場合か!? 自分。
posted @ 11:33 feedback (2)
kt 2009.12.27 13:48
道具が高性能(高性能の解釈は別として)で便利になるほど人は退化すると私は考えています。私の仕事はIT系でプログラムを作る会社なんですけどプログラムで便利な機能を搭載するほどに人は何も出来なくなり考えなくなるようです。
ソフトで仕事の効率化を進めた結果、手作業の頃に工夫をしながら人的にこなしていたことが出来なくなって猿になりつつあるのが現状です。
カメラもそれに似てますね
ISO感度がどうだとかノイズがどうだとかって
フィルムカメラで撮っている人達には滑稽なネタに思えるのではないかと感じています
フィルムだと増感しても1600、最高でも3200程度だと聞きました。
リバーサルの低感度フィルムを使い腕を磨いてきた時代は過ぎ去り今や局部的な性能差が激論ネタになることに悲しさを感じるのは歳のせいかもしれません。
そこに書かれているように撮りたいときに撮って楽しむのが本来の目的ですよね。
あれ? 何書いてんだろう
分けの解らんことを書いてしまった。
ちよ3 2009.12.28 15:59
カメラに限った事ではありませんが、本来は基礎を学び、基礎を組み合わせ、知恵を絞り、考えて「応用・活用」するものでしたが、近年は基礎をメソッド化・応用化して「ブラックボックス化したものをオペレーションする事」が「ものを利用する事」になってきており、それは良い事では無いな って思います。しかしながら(本来そうあるべく)知恵を絞ったり考えたりしたからと言って、気に入った画が撮れる訳でないところが写真をはじめとする美術の面白さだと感じておりまして、かく言う私もプログラミング歴約30年のIT系エンジニアで本業はソッチな人です。(このblogシステムも自作だったり)
花もそうなのですが、理論・理屈では解決できない「答えの無い魅力」みたいなものにホレこんでるんだろうな 自分は って気がしますネ。