
絵を描くためには、絵をどうやって描くかイメージしなければ描けない。
でも、写真はシャッターさえ切れば撮れてしまう。
「ボタンを押すだけで絵が描けてしまう」
という事の功罪。
写真を始めた頃。
最初のカメラ、EOS 30D。
そこそこ連写できる事も手伝って、かなりシャッターを切っていた。
とにかくたくさんシャッターを切り、「どれか当たる」と思って切っていた。
経験を重ねるほど、シャッターを切る回数が減る。
「どれか当たる」のではなく、「こういう画を描く」 ように変わっていく。
最初に「描きたい画ありき」になるから、「どれか当たる」感覚とは全然違う。
経験の浅いうちは「シャッターを切った後」が大事。
経験を積むほど「シャッターを切る前」が大事になる。
でも、
撮ったことのないような被写体に出会うと、やっぱりたくさんシャッターを切る。
「シャッターを切った後が大事」
っていう、初めの頃の感覚は、実は
「どれがイイのかワカラナイ」
って事。
どれがイイかワカラナイから、撮りまくるしか無い。
そこ、
それが全て って言ってもいいくらい最高に重要なとこ。
「自分はこれがイイ」
を知る事 そういう感覚を得る事が最高に大切。
仕事の写真 写真展で人にお見せする写真
ってなれば、今度は
「人はこれがイイって思うだろう」
「人はこれを喜んでくれるだろう」
っていう感覚を持って写真を撮ることが要求されてくる。
ひとりよがりでない写真。
でも、
そこを通り過ぎれば、やっぱり
「自分はこれがイイ」
ってとこに戻る。
そこ、「考える」ことの終着点。
だから、一番大事。
「自分はこれがイイ」
って感覚を持って初めて
「こういう画を描きたい」
って感覚が芽生えるもの。
自分はね。
そんな風に思っています。
「自分は」
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