ふと思いだした「泥中に咲く」。

3年くらい前、花展で生けた花のタイトルです。

「泥中」は、そもそも蓮にかかる言葉ですが、当時、「泥」を「壊れたパソコン」で表現しました。

「IT」は便利な様で何かおかしい現代社会の象徴。
ITのステージは携帯からスマートフォンへ飛躍。「いつでもどこでも誰とでも繋がれる」反面、本来帰る場所・団欒の場所である「家庭」の姿が壊れつつあります。

「知識」もまたいつでもどこでもネットで調べることができ、個人が知識を持つ事の価値が希薄にもなりました。

直接的な業務での利用も進み、本来の業務を憶えるのではなく、「IT機器の操作方法を憶える事」が仕事となり、人間はオペレーションをこなすだけ。「仕事がデキない奴」になった事を、「効率的だ」「良くなった」と喜ぶ社会人。

はっきり言って狂ってます。クレイジーです。


進化を遂げる過程で歪んでしまった現代社会。
その中においても「花」の普遍的な美しさは変わることが無く。

いくら人間が狂っても、花は本当に大切なもの・大切なことを諭してくれる




そんな内容だったなー と思いつつ、撮った蓮を眺めると、まあ そのまんま。

自分が生けた花より、よっぽどわかりやすく「泥中に咲く」事の意味を語りかけてくれるようです。
根を断った花より、根から生えている花の方がずっと強い力があるから。当然の事。

自分自身、根付いているのか
自分の根っこは何なのか
花は咲いているのか
どんな花なのか

迷いは無いつもり。腹は決めているつもり。
でも本当にそうなのか、今一度確かめろ と。
厳しくも向かい合うべき「自己」について、語りかけられます。

うん やっぱり 泥の中から咲く花、力持ち です。

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