
住宅街。枯れかけのあじさい。
黄色い葉に赤い花。
これから寒い冬をじっと耐え忍び、春には若葉を見せてくれるのだろう。
次の夏には花が咲き、秋に枯れてまた次の冬を越す。
そんな風に彼は生き続けていく。
人間も彼と同じ「生き物」。
だけど、現代の人間は、金や権威の類に依存しなければ生きる事すらままならない。
どこかおかしな生態系システムの中に置かれている。
遙か古代の人間は、金や権威、電気なんかに依存せず、彼のように生きてきたはず。
言葉を使わない者は、その在り様・生き様によって、自らの存在の意味を表現している。
それは、自然界の摂理や本来の生態系、生き物らしさといった、生物としての根源的・本質的な事。
彼らの「御姿・御業を拝見させていただく」気持ちで接すると、世界の見え方が変わる。
宇宙という世界は、幾億光年の広大な空間だけではなく、いつも近くにある。
見えなくても、感じることはできる。
写真に収める事も、できる。
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