※これ、写真展に出す写真ではありません念のため


来月、写真展があります。

写真の先生とお話させて頂いた事ですが、写真展に出す写真は「自分にしか撮れない写真」でなければね と。


ある夕陽の写真、新聞に載ってました。
撮られた方はとても感動したようで、撮った時の心情などを綴った記事。
確かに「美しい夕陽の写真」なのですが、正直、「誰でも撮れるよね」と思った写真でした。
そういう写真を撮った方、掲載した新聞が悪い って話ではなく、「写真展に出す写真としては使えない」という事。

また、ある名所。
教室に参加されている方、もちろんよく撮りに行かれる場所なので、どういう時期のどういう条件の時が最高の状態だ って知ってたり、そういう状態で撮ってたりします。
そういう場所、撮影ツアーなどで訪れる方も多く、初めていらした方は「素晴らしいー」と感動して撮る訳です。
が、そこに通いつめている方にしてみれば、最高の状態から程遠い「初めて見た感動」の写真を見せられても「良かったね」程度しか思えない訳で。

もちろん、感動を写真に収める事は素晴らしい事です。
が、撮る対象を良く知らずに撮るだけでは、「人に足を運んでもらってお見せする作品」には成り得ない と。

写真の全てに言える話ではなく、あくまでも「写真展の写真」の話です。
が、自分のものでも人が撮ったものでも、そういった事を知り得てから写真と向き合うと、見え方や写真との関係が変わると思います。

「光がいいから良い、レンズが良いから良い、構図がいいから良い」

それら良い写真の様々な要素や条件を超えたところにある「何か」に感じたり、気付いたりした時、心から「イイな!」と思える気がします。


もし、その「何か」に明確な答えがあるのだとしたら、その「何か」を撮る事だけが目的となり、誰しもが同じ様な写真を撮ればいい事になってしまい、そんなの「イイ」訳がないので、「何か」の答えなど誰も知りません。

でも、その「何か」に近づく方法は存在します。

写真を 撮る事 と 見る事 と あとひとつ。


そう 「あとひとつ」 と読んだ瞬間からしている事。

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